Archive for the ‘marketing’ Category
Wednesday, June 25th, 2008
状況の理解は客観的に。統計や論理思考が役に立つ。
十分に注意しなければ「人は見たいものを見る」という認知バイアスに騙されるであろう。
意志の決定は主観的に。哲学や価値観が役に立つ。
十分に注意しなければ「論理的には正しいが、意味はない」という決定をしかねない。
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Tuesday, May 27th, 2008
すでに利用率が十分に高くなってきており、
(高齢者以外は)それほどユーザー数はあまり伸びないだろう。
回線ももう十分に速いため、平均視聴PVももう少ししか増えない。
(モバイルはまだ端末速度やパケホーダイ率、コンテンツ量が上がる
可能性があり、成長するだろう)
一方、
サイトの数はどんどん増えていくだろう。
その結果、
(マルサスの人口論ではないが)
1サイトあたりのPVは今後どんどん減少していく。
その前提でマーケティングを考えていく必要がある。
via: インターネットの成長を支えたもの - 胃痛!イトマサのいわゆるチラシの裏 - 楽天ブログ(Blog)
ネットレイティングスの発表によると
PVが減り、滞在時間が伸びる傾向にあります。
日本のインターネット、総PVは減る傾向 利用時間は2割増
テレビ広告は、視聴率×時間で評価されます。
インターネット広告が、ユーザーの興味(キーワード)×時間で評価される日は近いはず。
via: ザッピング ブログパーツ配布開始 クリック・ページビューからネット視聴時間へ (銀座・新橋らへんの社長ブログ)
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Thursday, May 15th, 2008
「完璧な仕事」と「失敗が無い」ことはイコールではないですね。完璧な仕事をして、失敗することがある。「不可避な失敗」が存在する。いいかえると、私の考えでは「完璧な仕事」を「結果としての失敗のないこと」で定義するのは誤り。重視すべきは結果ではなく過程のほう。
実は過去のケースもホワイトバンドと大差無い甘い見通しでやってきていたが規模が小さかったから偶然うまくいっていただけの話で、ホワイトバンドでは規模を大きくしたために根本的な問題が顕在化した、とかそういう話だったりしたら嫌だな、と。いや、工学分野における失敗学の嚆矢とされる 橋はなぜ落ちたのか とゆう本に失敗のパターンとしてそういう例が挙げられてるんです。
via: raurublock on Hatena
「規模を拡大することで、潜在的な失敗要因の影響が閾値を超えて、失敗が実現してしまった」というパターンだとしたら、該当するかもしれませんね。
ただ、それが分かったとして、回避できない。
その本をまだ読んでいないので想像ですが(いま買いました)、この紹介文「橋はなぜ落ちたのか 設計の失敗学、ペトロスキー」を読む限り、「未知の失敗は回避不可能」だ、という主張なのかなと。私もそう思います。
失敗のない――過去の成功モデルは、設計が完全であることを証明しない。なぜなら、潜在的な失敗要因が、まだ経験されていない条件によって引き起こされるかもしれないからである。
そもそも「潜在的な失敗要因」すべてを網羅できない。また、「経験されていない条件」が多すぎる。マーケティングは社会科学であり、厳密な実験ができない。同一条件を再現することができない。再現性が無い。だから、未知の失敗が起こる可能性が残ってしまう。
架空の失敗例で説明を。
テレビCMを開始した直後に、そこに出てくる表現が不適切になってしまうような事故。CM中で地震の場面がコミカルに使われており、実際に大地震が起こる。こんなの予測不可能。「そういう事例があったなら、地震はネタにしなければいい」って? 映画「ジョーズ」にかけてサメが襲ってくるCMを作ったら、人が実際にサメに襲われて死亡した。これでも「事前に回避可能」でしょうか? そういう事故をネタにするからダメ? かわいい赤ちゃんが出てくるCMを流していたら、その親が殺人事件を起こした。これ想定可能?
論理的にいってマーケティングには「失敗をゼロにできない」という宿命がある。だから残念ながら「完璧な仕事」が「失敗ゼロ」を保証しない。
ここで、実践者としては一種の諦め、達観が必要でしょう。
やるべきことはすべてやる(=完璧な仕事をする)けれど、しかし結果が失敗に終わるかもしれない(=結果としての失敗)。ただ、それは仕事そのものの良し悪しに、なんら影響をあたえるものではない。結果の失敗があったとしても、「完璧な仕事」のやり方を改める必要はない。
このことを昔の人は「人事を尽くして天命を待つ」と言ったのです。
蛇足:
人間の「後知恵バイアス」はものすごく強力でやっかいだと自覚しない限り、さも「わかったふう」になって、自分はそんな失敗しないと思い込んで、失敗しちゃう。人間って浅はかなので。
詳しくは「まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか」参照。
この本はことあるごとに紹介することになると思う。というかサイドバーからリンクすべきだと思った。
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Thursday, May 15th, 2008
「他人の失敗から学ぶ」ときには自分の「後知恵バイアス」を意識しなければ有効な(自分に置き換えて学びとなる)議論にならない。その点に要注意ですが、ホワイトバンドの失敗からは有意義な学びが得られるはず。
ぶっちゃけ、どうやってればホワイトバンドの失敗って回避できたんですかね。後知恵ってことになりますけど、何がまずくてどう直せばよかったんかな。
raurublock on Hatena
今回のケースについては、「ホワイトバンドの購入が寄付になる、と購入者に誤解させてしまった点」が主要な失敗と思います。
よって、この失敗要因だけについていうならば、事前にそのような受け取られ方をするであろうことを想定し、適切な対策をすべきだったかと。
必要な能力:PRのプロとしての想像力
対策:適切な注意書きや、誤解を受け取られないようなコミュニケーション戦術
後知恵としては、こうなりますね。
もし本業ならば、十分なリソースを割くことで、回避できたミスだろう、と思うわけです。
と、同時に、実際には「本業ではなく好意でNPOを支援した事業」であって、おそらくスター社員は投入していないかもしれないし、予算も十分ではなかったかもしれないし、社長の時間も初期の立ち上げにしか使えなかったのかもしれない。(ミスはマーケティングのインプリメンテーションのフェーズで起こっています)
ここからメタな失敗要因を学び取るとするなら、強引ですが、「本業に近い領域だからと言って、手抜きすると、手抜きしたなりの仕事になってしまう」という学びですね。当たり前ですが。安易に「手伝い」とか「好意」で仕事をすると、なまじプロだけに、失敗への風当たりが強くなる。自分では「手伝い」や「好意」なんだから甘く見て欲しいとしても、そう見てもらえない。結果として会社のブランドに傷がつく。
こういうメタ失敗はあるかなあと。私にも過去の事例で思い当たる節はあるなあ(苦笑
ただ、私はサニーサイドアップの社長さんの男気(※女性なのでPCではないワードかもしれませんがね)には尊敬するなあ。安易に「失敗」と言ってしまいたくない。
なお、失敗の主要因としてあげた「消費者に誤解させた」ことについては、ソフトバンクの「0円」も同様です。
説明不足により(自己に有利な、結果として詐欺的な)誤解を与えてしまった、という失敗パターンは存在するよう。対策は、大事なことを事前にきちんと説明する(レイクか)。
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Sunday, May 11th, 2008
活動主体のNPOよりも、その大規模な展開に協力したPR会社サニーサイドアップについて、思うところがある。叱責と同情。PRの専門家でありながら、もっともやってはならない「情報発信や活動へ対しての批判」を呼び起こしてしまった点。および本業ではない赤字の社会貢献事業における過失だった点。
ホワイトバンドプロジェクト(THE WHITEBAND PROJECT)は、日本においては特定非営利活動法人ほっとけない 世界のまずしさが主催するキャンペーン。
ホワイトバンドプロジェクト - Wikipedia
# 政策提案とその支持収集が本来の目的だが、そのことがテレビコマーシャルやその他の宣伝活動内で十分に説明されているといえず、貧困の様子を前面に出して感情論的になっている(それが貧困救済募金と誤解させる要因にもなっている)。
# ホワイトバンドの価格が他国の同活動の約3倍(Tシャツも同様)で、価格構成が不自然。また、「意思を表明するのは、日本で販売されている"ホワイトバンド"ではなく、身近にある白い布や白いひもでもよい」とされていることに対しての説明が、当初より行われなかったこと。
# 『バンドの売上使途を曖昧にし錯誤するよう誘導している』との指摘。
PRの専門家でありながらリスクマネジメントが甘かった。PRにおいて発信した情報や活動への批判を避けるのは大前提だ。そのうえに良好なイメージを形成し、有益な情報を提供するという機能がある。こういう「事故」があってはならないのだ。
マスメディアを通じた情報発信という切れ味鋭い刃物には利便性と危険性の両方がある。使い方を誤ったら怪我をする。PRという仕事のまさに根幹部分だ。マスコミュニケーションの設計。マスにどう受け止められるか。これを考えるのがPR会社だ。そこで失敗するなんて、PRの専門家としてどうなんだ。
事前のリスク想定が甘かった。厳しいようだが、それを専門とし、マスコミ上を活動の場とする専門家だから、あえて言いたい。
さらには、この一件により、類似の活動(売上を募金ではなく政治資金にする)への風当たりが少しきつくなった気がする。「またホワイトバンドみたいなのが出てきた」という見られ方をする。まあ、これを「責任」などといって追及するのは筋違いなので、あくまで個人的に「残念」なだけだが。
日本におけるホワイトバンド
日本では、「特定非営利活動法人ほっとけない 世界のまずしさ」が中心となって、NGOのメンバーによって組織された『「ほっとけない 世界のまずしさキャンペーン」実行委員会』が中心となり、運動のシンボルであると委員会が定義づけたゴムのリストバンドの販売などを行なっている。
販売・PRに関して、ノウハウをまったく持たず、資金も持たなかったNGOに対し、「株式会社サニーサイドアップ」が、善意より協力している。
元々は、中田英寿らスポーツ選手、乙武洋匡などのマネージメントをしている「株式会社サニーサイドアップ」の次原悦子社長が、ネットで偶然イギリスのクリッキング・フィルム(ウェブサイト上のPR動画)を見て日本の活動への協力を思いつき、自社の資金を投入して、ホワイトバンドを中華人民共和国の工場で生産する道筋をつけ、20年かけて培ってきたノウハウや、人脈を活かして、PR戦略をプランニングしたそうである。自社に所属するスポーツ選手や文化人にも参加を呼びかけ、スポーツ選手らはノーギャラで活動をPRしたが、ホワイトバンドの売り上げのうち、製造原価や流通経費などの必要経費を除いた分はすべて、NGOの政治活動資金となったため、サニーサイドアップは多額の赤字を出したという(GQ JAPAN 2005年10月号のインタビューより)。
とてもいいことをしたのにな。
中小企業にとって「私財を投じる」なんて簡単なことではない。なかなかできることではないよ。尊敬する。
だからこそ、批判されるような「やり方」をしてしまったことについて、残念でならない。
「結果」の失敗でどうこう言っているのではない。やろうと思えば回避できたであろうその道の「プロ」だったからこそ、「過程」の失敗、つまり「やるべきことをやらなかった」ことが残念なのだ。過失、といっていいだろう。
もちろん、本業でない赤字の社会貢献活動に投じられるリソースには限りがある。社長はじめ優秀なスタッフが様々なリスクと打ち手を検討する時間というリソース。これを十分に確保できたかというと難しかっただろう。
だが、それにしても、なんとも、もったいないことをしたな、と思うのだ。
本来ならば「とても良いことをした」と賞賛されるべき活動だからだ。
さらには、それに続く営利企業も出てくるはずだったからだ。正義感から採算度外視での非営利活動に取り組む企業。そのなかで優れた企業は採算ベースに乗せることもできただろう。そういった風潮、文化、経済の流れを作ることができたかもしれない、偉大な取り組みだったのだ。
その「実現しなかったもう一つの歴史」に思いを馳せるとき、実現してしまったほうの歴史について、その過程における過失も含めて、なんともやるせない気持ちになるのだ。
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Saturday, May 10th, 2008
派遣情報サイト「[en]派遣のお仕事情報」に掲載された職種の求人情報について、募集時の平均時給の分析を行っている。
派遣システムエンジニアの平均時給、2315円 - @IT
募集広告の時給額と実際の契約額は一致しないからねえ(笑
絶対額を見る意味はないわな。時系列でトレンド(傾向)を見るのにはいいかもしれないけどね。
関連記事
analog | 「システムエンジニアの平均年収、594万円」の真っ赤なウソ
景気動向指数 - Wikipedia
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Saturday, May 10th, 2008
「はてな」が「はてな村」と言われる1ケタ万人の社会から2ケタ、3ケタ万人の社会に拡大したときに、いまある「共同体の居心地」は失われるのではないだろうか。「同じはてなユーザ同士どこか分かり合えるはず」という淡い共同幻想の崩壊。
オタク第1世代は「オタク」という共同幻想をシェアできていました。なぜなら、社会的にマイナーな集団、ネクラ的な一群だという自覚を持っていたからです。アニメ、特撮、ゲーム、アイドルなど、それぞれの趣味は異なっても、同じオタク仲間として認めていたのです。
しかしオタク第3世代になると、もはや「オタク」というだけでは、お互いわかり合えない。「俺たち、オタクだから、仲間なんだ」という共同幻想が消えてしまいました。それが「すでに死んでいる」という事です。細かい部分で、岡田斗司夫氏の主張に違和感は無くも無いですが、大きな所では納得できる見解です。
もはやオタク界は広大です。あらゆるジャンルを押さえるのは不可能で、1つのジャンルでさえ、とんでもなく巨大。無謀なまでに拡大を続けた怪物的文化であり、消費される事そのものが目的化しているような錯覚さえおぼえます。
まー! ゲーム業界がUGCへ傾いている理由もそこにあるんだよなー。
共同幻想の崩壊は「はてなブックマーク」などから始まる可能性が高いと思う。
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analog | Critic Salon Hatena
analog | Original Value of Products
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Wednesday, April 23rd, 2008
「既存商品は既存顧客の期待に応え続けるが、過剰品質にならない範囲にとどめる。また新規拡張をせずに、その商品の本来の価値(本質)を守る」(※ただし高級ブランド路線ならばいけるところまでいけばいいと思う)
「非顧客層へは、新商品を提案する。その際に、既存商品の簡素化、廉価版をいったん考えたのち、そこに新たな顧客層への提案を盛り込んだ、別商品とする」
via: analog | Original Value of Products
この記事を書いたあとで、下記の記事を見つけた。「伸び悩むウェブサービスの三大疾患」だそう。
1.ハイエンド病
自サービスのコアユーザー向けの機能追加ばかりを優先して、どんどんとエントリーユーザーを疎外していってしまう病気。コアユーザー向けの機能追加は数値的にも効果が出やすいため、ユーザーベネフィットと数値のバランスを追求しようとする勤勉な開発者ほど発病することが多い。
2.広告肥大症
売上げノルマ達成責任のために、ユーザー視点を忘れてひたすら広告枠の拡大に走る病気。コアユーザーは実質上広告枠を視野から外す能力を身に付けているので、ここでもユーザビリティ低下という被害を受けるのはエントリーユーザー。主に真面目な熱血営業担当者に発症。低俗高単価広告症と併発する症例も多い。
3.ホームラン病
サービスの伸びが滞ってきたことに焦る気持ちから、ホームラン狙いの新機能・新サービスばかり出してことごとく外してしまう病気。手を広げず着実にコアベネフィットの拡充に努めていたら・・と気づいたときには手遅れなことが多い。新奇性の高さからメディア露出は獲得できてしまうため症状の発見が遅れがち。
via: 伸び悩むウェブサービスの三大疾患 | 近江商人JINBLOG
1(ハイエンド病)と3(ホームラン病)は私の記事と似ている。
私の記事を彼の言葉で言い直せば「ハイエンド病を避けろ」と「ヒットを狙え」といったところか。
ハイエンド病を避けるには、既存商品は改善にとどめて、新規拡張を控えるべきだ。そのうえで事業拡大を目指すには、新顧客層を取り込む必要がある。その際に、既存商品の拡張ではなく、新規商品とするのは一見ハイリスク。しかし、既存商品をもとにした新商品(ホームランでなくヒット狙い)ならリスクを下げることができる。
下記の提言には賛成するが、
ウェブサービスの本質は何かと考えるときに、そのスタート地点はいつも「ユーザー視点」。しかもユーザーとはそのサービスの潜在ユーザーかまだ利用度の低いエントリーユーザー。ネットワーク効果がビルトインされていることが成功法則であるユーザー参加型サービスの場合、エントリーユーザーが増えれば増えるほど結果的にコアユーザーにも便益は帰ってくる。
そんな基本を忘れて、短期的な数字(だけ)を追いかけることはそのサービスの、ひいては参加型ウェブサービス全体のライフサイクルを縮めることになる。上のような病気にかかることは誰でも時々あることだし、経営者や事業責任者は全く別の視点で数字にこだわらなくちゃいけないけど、根っこの根っこは決して忘れないでおこう。
via: 伸び悩むウェブサービスの三大疾患 | 近江商人JINBLOG
方法論化、仕組み化までしないと、企業としての実行には至らないのではないだろうか。
ここでの提案はUCD(ユーザー中心デザイン)だ。
まず方法としてUCDを採用し、その徹底のための仕組み化をする。仕組み化とは
デザイン経営戦略の策定
デザイン監督部署の設立
デザイン関連人材の採用
開発プロセスの上流・商品企画におけるデザイン関連工程の導入(義務づけ)
といったことがあげられる。
商品をつくるときに確実にUCDで物事が進むように、組織を、仕事を設計するということだ。
そこまでやれば「ユーザー視点」の仕組み化ができる。
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Wednesday, April 23rd, 2008
TumblrのGroupsという概念はVersion2で導入されたのだろうか。しばらくたつが、さっぱりどういうものなのか分からない。
これまでの商品開発の仕事を通じて考えていること。
■顧客の期待に応え続ける重要性
買い手・使い手は、
直感的に使い方が分からないもの
習得した先にある価値・効果を実感できないもの
そういうものを、わざわざ買ったり、使ったりしないものだ。
だから、「顧客の期待」に耳を澄ますことが大事。
ただ、耳を澄ますといっても「声が大きい人」の声だけ聞こえてくるので注意が必要だ。
ポイントは「そのプロダクトが現状で成功している理由=顧客の期待」にきちんと応えることだ。これを確実にやっている限り、顧客の期待に応え続けることができる。
注意すべきは新規拡張だ。多くは「顧客の期待」を裏切ることになる。「顧客はこういうものを望んでいるだろう」というのは、あなたの勝手な想像に過ぎない。既存客は、そんなもの望んでいない。「現状のまま」の商品を気に入っているから、買って、使っているのだ。「余計なものが加わる」ことで、離れるかもしれない。
もちろん、既存客が感じている不便・不快を取り除くことは重要だ。しかし、それは大げさなイノベーションではなく、小さな改善によるものだ。新規拡張といったものではなく、既存部分の改善だ。
余談だが、多くの商品企画者は、「改善」と「新規拡張」の区別が付いていない。商品へのあらゆる手入れを「改善」と呼ぶ。これは間違っている。何かを「増やす」「減らす」という改善と、何かを「付け足す」という新規拡張は異なる。改善は連続的で、新規拡張は不連続だ。
ゴテゴテと付け足していった結果、何ができるか。複雑な商品。使いにくい商品。一瞬で理解できず、魅力を感じない商品。そういう商品が出来上がる。
むしろ、何かを「取り除く」というマイナスの拡張によって、商品はシンプルで魅力的になることすらある。
だから、不連続な手入れは、つねに顧客の期待を裏切るリスクと背中合わせだ。
■顧客の期待に応え続ける危険性
ただ、既存客の期待に応えることを愚直に徹底すると「イノベーションのジレンマ」が待っている。
いい物を提供し、顧客の期待が高まり、その期待に応える形で商品の改善が続けられる。素晴らしい関係のように思える。しかし、その先には何があるか。企業と顧客がお互いに「オタク」になってしまうタコツボ現象に陥る。相互依存といってもいい。
余談
もちろん、それでいい、という考え方もあるだろう。高級ブランド戦略ならばそれでもいいのだ。
余談だが、高級ブランド戦略は、イノベーションのジレンマとほぼ同義である。一般人の手の届かないような値段の万年筆、銀塩一眼レフカメラ、バイク、車などを想像できるだろう。安価で簡素な商品により市場を一気に奪われるリスクがある。そこでどうするか。技術経営ではない。ブランド経営だ。
企業と顧客がお互いに「オタク」になってしまうタコツボ現象を避けるには、どうすればいいか?
そこで、「その商品の本来の価値(本質)」に立ち戻って考えることが大事だ。商品の本質から離れないこと。
ちなみに、成功している老舗ブランドも、ここを愚直に守っている。「創業当初の製法・伝統を守り」といった文句を見た覚えは無いだろうか。だから、イノベーションのジレンマを避けるにしても、受け入れるにしても、商品の本質を守ることは大事だ。
商品の本質から離れるくらいなら、新しい商品を作るほうがいい。本質的に別のものを、一緒にすべきではないのだ。
■顧客の期待に応えつつ顧客層を拡大する方法
既存客のみを相手にしている限り、事業は自ずと上限に突き当たるものだ。
「非顧客層に目を向けること」が企業の成長には欠かせない。
そのとき「既存商品の新規拡張により非顧客層を取り込む」ということが、一番やってはならないことだ。
既存客は離れるし、非顧客層にとっては複雑で分かりにくく魅力を感じない商品になる。
正しいのは、
「既存商品は既存顧客の期待に応え続けるが、過剰品質にならない範囲にとどめる。また新規拡張をせずに、その商品の本来の価値(本質)を守る」(※ただし高級ブランド路線ならばいけるところまでいけばいいと思う)
「非顧客層へは、新商品を提案する。その際に、既存商品の簡素化、廉価版をいったん考えたのち、そこに新たな顧客層への提案を盛り込んだ、別商品とする」
だと考えている。
こういうことは、生活用品メーカーなどマーケティングに成熟した企業ならば、当たり前にやっていることだ。
車、バイク、ワイン、ファッションなど「道(どう)」になる商材、業界というのは、ハイテクに限らず、利用に知識が必要なことからタコツボ現象化しやすい。
そこで、そこから逃げずに高級ブランド路線で頑張ってもいい。
あるいは、知識やウンチクを一切排除することで、新しい市場ができることもある。ブルーオーシャンと呼ばれることもある。
例えば、ミドルメンズ向けライフスタイル誌「LEON」。そのターゲット層でライフスタイル誌は(ビジネスとして)成功しないと考えられていた。「クラシコイタリアの真髄を極める」といった道の要素を排除し「けっきょくモテたいんでしょ?」という本音で読者と対話を始めることにより、新たな市場を切り開いた。
同様の「ウンチクを排除」した例としては「いえそば」もある。
IT、ウェブ、ハイテク業界では、実行されていない(※アップルは例外だ)。だからこそ、実行した企業は強い。
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Saturday, April 19th, 2008
Tiger WoodsにNikeがウェアを提供するように、
CASIOがtha(Yugo Nakamura)にEX-F1を提供しているのかもしれない、
と思った。
analog | スローモーション
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