Archive for the ‘Japan’ Category

Tale of Galapagos: 「国民機」PC9801と「黒船」DOS/V

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Saturday, July 19th, 2008

近頃はiPhoneが脅威だとか、黒船だとか、あるいは日本の携帯は「ガラパゴス」のように独自の進化を遂げていてすごいからiPhoneなど脅威ではないとか、いろんな議論があるようだな。

Emperor Worship: 吉田茂

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Monday, June 16th, 2008

吉田茂―尊皇の政治家 (岩波新書 新赤版 (971)) 敗戦から新憲法制定まで、その後の日本を決定づける期間に、GHQ、アメリカと「戦った」尊皇・保守の政治家。 彼が日本の国体を維持するために、どれほどの労力を払ったか。たしかに完璧な憲法ではない。国体は、かなり破壊された。日米安保条約も完璧ではない。しかし、相手あってのことだ。戦勝国アメリカの意向あってのことだ。敗戦国であり占領下にある国の「自主制定憲法」としては、最善を尽くしたものだといってよいと思う。なによりも天皇制を維持した点は最大の成果だ。(昭和天皇の人柄がダグラス・マッカーサーを感動させ、彼を天皇制維持論者へ変えさせたことも大きな要因だが) 安保の交渉においては、おそらく心労からか、最後まで戦いきることは出来なかったようだ。講和・安保両条約調印会議へ当初は欠席する意向だったとか。さらには、天皇認証形式の全権委任状について、その様式までもアメリカの了解を得ようとするありさま。独立回復への気概は失われている。しかし、一人の人間が背負い込める責任をはるかに超えていた。彼を責める事は出来ない。独立回復への道筋がついた時点で、彼の中の何かが切れてしまったのだろう。 その後、吉田は政権を失う。吉田にとって最大の誤算というか、政治家としての弱点は、政党政治に順応できなかったことだろう。成果と失脚。ともにワンマンならではのものだった。 彼をワンマンたらしめた理由は生い立ちにあるだろう。本書はそこに踏み込んでいるが、吉田茂という複雑な人物は、なかなか容易に理解できない。 彼は完璧ではなかった。苦悩し、疲れ、間違えた。だからこそ魅力がある。親近感がある。同じ人間なのだと感じる。その、同じ人間が、どのような深い苦悩と戦ったのか。私はもっと知りたい。 --- 戦後60年、様々な史実が明らかになってきた。日本国憲法とは、法律学の素人がでっちあげた、日本人をふたたび欧米の脅威としないための、つまり換骨奪胎するための、米国から押し付けられた法律だったということは、もはや常識になりつつある。 日米安保条約は、憲法九条から生まれた必然だ。米国は間違いを犯したともいえる。日本が再び脅威とならないように「平和憲法」を押し付けた。その直後、共産主義の脅威から日本をアジアにおける反共闘争の拠点と位置づけ、米軍の重要な拠点とした。日本の戦後における混乱に乗じた「共産革命」を恐れ、あるいは北朝鮮やソ連の脅威から「自衛」をするために再軍備を迫った。ならば最初から「平和憲法」を押し付けたのは間違いだった。とはいえ、ドイツが第一次世界大戦から、わずかな期間で再び世界大戦の口火を切ったことを考えると、当時の感情として、日本に再軍備を許すのは無理だったのだろう。それが合理的判断ではなかったとしても。 この「平和憲法」と「安保条約」について、日本は、そろそろ舵を切るべきではないだろうか。

Amazing: とてつもない日本

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Sunday, June 8th, 2008

『とてつもない日本』 麻生太郎 著 吉田茂の孫は確信を持って我々に語りかける。顔を上げろ。日本人であることを誇りに思おうじゃないか。我々の未来は明るいんだと---。 平成十七年、日本のODA(政府開発援助)により完成したインドの地下鉄を、外務大臣として視察した麻生氏は、地下鉄公団の総裁から次のように感謝されたことを述懐する。  我々がこのプロジェクトを通じて日本から得たものは、資金援助や技術援助だけではない。むしろ最も影響を受けたのは、働くことについての価値観、労働の美徳だ。労働に関する自分達の価値観が根底から覆された。日本の文化そのものが最大のプレゼントだった。今インドではこの地下鉄を「ベスト・アンバサダー(最高の大使)」と呼んでいる---。  私はこの話にいたく感銘を受けた。  地下鉄建設に携わった日本人技術者達の仕事ぶりそのものが、優れた外交官の役割を果たしたのである。彼らはなにも、よそ行きのやり方をやって見せたわけではない。いつものように、日本で普通に行っているスタイルで仕事をしたに過ぎない。しかしそれが、インドの人々には「価値観が覆るほどの衝撃」だったのだ。 このように日本人の潜在力、日本の外交、国際貢献を語る一方で、少子高齢化悲観論を一刀両断する。高齢化を脅威ではなく機会として、より魅力ある国家を作ればよいではないか、と。  年を重ねることは、決して悪いことではない。二十年前の自分、三十年前の自分と、今の自分を比べてみたらいい。どうだろうか。成長している自分を実感するはずだ。私は、老化は退化ではなく、どこまでも進化だと思っている。  「高齢化」を暗黒の未来のように考えることは、実は自分の未来を暗いと考えるのと同じことだ。そんなバカげた考えは、即刻捨てた方がよい、と申し上げたいのである。 いち早く少子高齢化を迎える成熟国家は、文字通り、世界有数もっとも成熟した「かしこい国家」になり得る。世界中の国々が、あのときはどうした、こういうときはどうすればいい、と教えを請いに来る。まるで世界の「長老」のように。そんな可能性を秘めている。 人間は、年をとるほど、賢くなるのだ。    ますます賢く        武者小路実篤  僕も八十九歳になり、少し老人になったらしい。  人間もいくらか老人になったらしい。人間としては少し老人になりすぎたらしい。いくらか賢くもなったかも知れないが、老人になったのも事実らしい。しかし本当の人間としてはいくらか賢くなったのも事実かも知れない。本当の事はわからない。 引用:analog | Look Forward: ますます賢く 「活力ある高齢化社会」というビジョンは徹底して明るい。  海外の豊かな高齢者に「老後はどこに住もうか。アジアにジャパンという国がある。そこは平均寿命が世界で一番長いらしい。環境もいいところだ。医療制度もしっかりしている。そして、なんといっても治安がいい。深夜、女性が一人で街を歩けるらしい。しかも、街はきれいで、外国人にも親切らしい。そんな国に住もうじゃないか」といわれるような社会---。われわれ日本人が気付いていないだけで、それができる素地は十分あるはずなのである。 むしろ「明るすぎる」と思うかもしれない。いいではないか。私は政治家には夢を語ってほしい。目先の問題で暗い顔をした政治家など見たくない。それは役人の仕事であって政治家の仕事ではない。  世間の目なんか気にすることはない。いい年してあんなことしてと言われないかとか、これさえやっていれば近所の人から良く言われるんじゃないかといったことばかり考えていたのでは、憂鬱になるだけで楽しく遊べない。  年甲斐もなく・・・・・・とか、いい年こいて・・・・・・などといわれても気にせず、学生時代に乗りたくても買えなかったオートバイを六十歳になってから買って乗り回す。若い人じゃ買えないようなモトグッチとか、ウアンビーンなんていう高級なイタリア製のオートバイを購入して、逃げた女房は忘れて、合コンかなんかで知り合った女性を後ろに乗せて、ダンディにツーリングを楽しむ・・・・・・、そんなことができれば、高齢化社会はバラ色ではないか。  つまり、「悠々自適」なんて言えるカネのある老人には、しこたまカネを使っていただけばよい。元気のある老人には大いに働いてもらって、活力ある高齢化社会を作っていけばいい。そして、何度も言うけれども、本当に恵まれない人たちは、国が責任を持って支えていく。 こういう悠々自適な老人が増えて、楽しく遊んで、たくさんカネをつかってくれれば、世の中は明るくなるはずだ。日本の未来はバラ色だ。 あまり目の前のことに一喜一憂して落ち込んだりくさったりせずに、一緒に「元気な日本」を作って行こうじゃありませんか。

Productivity of Japanese IT Industry: 国家間の産業比較

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Sunday, June 1st, 2008

えらい役人さんのいうことだから間違いないんだろうけど、素朴な疑問がある。 「日本の情報サービス業の収益性はインドよりも低い。受託開発中心の体質と多重下請け構造が要因」---経済産業省 商務情報政策局 情報処理振興課長 八尋俊英氏はIPAX2008の講演でこのような認識を示した。 「受託中心と多重下請けが日本IT産業の低収益の要因」---経産省 情振課長 八尋俊英氏:ITpro 言いたいことはわかるんだけど、ちがう解釈を提示してみる。 ■「インドのIT業界は収益性が高い」ことの要因 日本に対してインドのIT業界の収益性が高いのは、インドのIT業界が優れているからではない。「市場が未成熟で競争がはげしくない」のと、「成長中の経済でIT産業の利益率は高くなる」のが原因だ。 1.市場が未成熟なので競争がはげしくない インドは市場が未成熟だから、一部の先行企業が競争に巻き込まれず高い収益性を実現しているだけである。 2.成長中の経済でIT産業の利益率は高くなる ITは産業の基盤である。国自体(全産業)が伸びている高度成長中の国にあっては、IT産業への需要は急増する。利益率は高くなる。 八尋氏の説と、ここでの説、どっちが妥当だろう? だれか解説してくれ。

Sophisticated Hatena

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Saturday, May 10th, 2008

「はてな」が「はてな村」と言われる1ケタ万人の社会から2ケタ、3ケタ万人の社会に拡大したときに、いまある「共同体の居心地」は失われるのではないだろうか。「同じはてなユーザ同士どこか分かり合えるはず」という淡い共同幻想の崩壊。 オタク第1世代は「オタク」という共同幻想をシェアできていました。なぜなら、社会的にマイナーな集団、ネクラ的な一群だという自覚を持っていたからです。アニメ、特撮、ゲーム、アイドルなど、それぞれの趣味は異なっても、同じオタク仲間として認めていたのです。 しかしオタク第3世代になると、もはや「オタク」というだけでは、お互いわかり合えない。「俺たち、オタクだから、仲間なんだ」という共同幻想が消えてしまいました。それが「すでに死んでいる」という事です。細かい部分で、岡田斗司夫氏の主張に違和感は無くも無いですが、大きな所では納得できる見解です。 もはやオタク界は広大です。あらゆるジャンルを押さえるのは不可能で、1つのジャンルでさえ、とんでもなく巨大。無謀なまでに拡大を続けた怪物的文化であり、消費される事そのものが目的化しているような錯覚さえおぼえます。 まー! ゲーム業界がUGCへ傾いている理由もそこにあるんだよなー。 共同幻想の崩壊は「はてなブックマーク」などから始まる可能性が高いと思う。 関連 analog | Critic Salon Hatena analog | Original Value of Products

Critic Salon Hatena

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Tuesday, May 6th, 2008

このブログのRSS購読者は100人もいない。匿名で淡々と書いている。 このブログが、気が付かないところで話題にされていたようだ。「はてなブックマーク」というサイトで、このブログの記事が取り上げられ、一部の人から批判されていた。 はてなブックマーク - analog | 「システムエンジニアの平均年収、594万円」の真っ赤なウソ 当ブログにコメントしないで、「はてなブックマーク」に批判を書く人は、何がしたいんだろう?と思ったが、 当ブログにコメントしないのは、彼らなりの「配慮」だろうか。 ふだん読者でもない人間が大挙してコメントを荒らしていく「ネットイナゴ」は迷惑でしかない。たった一つの記事だけ取り上げて、その文脈も知らずに言葉尻をとらえて批判していく人間というのは、かならずいる。 それが「はてなブックマーク」のなかにある限り、私の目に触れることはないし、このブログのほかの読者の目に触れることもない。 「はてな」ユーザが「はてな」から出ずに活動してくれるのは、彼らが自覚している「節度」かもしれない。だとしたら、その紳士的な態度には経緯を表しよう。 「はてな」はネット社会に不可欠なシステムになりつつある。 ときに心無い暴力的な言葉を書くような「過激なネット批評家」がたくさんいる。「はてな」は、彼らを束ねてサークル化し、その心無い批判がサークルの外に出ない仕組みを実現している。「はてな」内では、批評家同士で批評というエンタテインメントを満喫できる。 そうだ、サロンだな、これは。会員制批評家サロンだ。 サロン「はてな」は、その「心無い批判を閉じ込めるはたらき」によって、「はてな」以外にとって良い機能を果たしている。

Media Literacy

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Friday, May 2nd, 2008

ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね): 「コンビニ受診」という言葉を知って、あれこれ考え込んでしまいました。  私は、この「コンビニ受診」という言葉を今まで知りませんでした。なんとなく下品なネーミングではあるな、とは思うものの、それはある部分では事実を示す言葉でもあるのかもしれません。私は、病院に行くのを躊躇してしまいがちなタイプですから、へえ、そんな人もいるんだなあ、でも、そういう人はいるだろうな、という感想を持ちましたが、しかし、それが社会問題として、キャッチーなネーミングとともに社会面で語られる感じには少し違和感を持ちました。 (略)  「コンビニ受診」が示すような人は、どんな社会でもどうしようもなくいると思うんですよね。それを「コンビニ受診」と名付けることで、そういう人を社会から完全に排除しようという方向に物事が動くような気がします。そうなると、どういうことが起こるか。それ、コンビニ受診じゃないの?という相互監視と、コンビニ受診という価値観の肯定の両極しかない状態になるような気がするんですね。本当の解決は、その間にあるような気が、私はしています。 「キャッチーなネーミング」を問題視しても仕方ないのでは? 著者は「某外資系広告代理店のクリエイティブディレクター」とある。ブログで自分の意見を述べられていることからも、プロ意識や職業倫理のしっかりした方なんだろう。好感が持てる。 ただ、自制・自戒の意識が過剰なのではないだろうか、と老婆心ながら感じてしまった。 マスコミではない人間から見れば、そんな心配しなくていいと思う。 「たかがマスコミ」だ。 むしろ「言葉狩り」みたいな自主規制をするほうが公器(メディア)としてイマイチ。 問題がマスコミにあるのは確かだけれど、正すべきは「なんでも二項対立で煽る」という「伝え方」にある。決して「複雑な物事を分かりやすく伝える努力」のあらわれである「キャッチーなネーミング」のほうではない。 むしろ、「キャッチーなネーミング」を封じるということは、ジャーナリズムの咀嚼力・伝達力を封じることになってしまい、よほど問題だ。 問題は、なんでもかんでも二項対立に持ち込むマスゴミ体質の問題。 高い倫理意識を持ったマスコミ業界人には引き続き頑張ってもらいたい。 「キャッチーなネーミング」の腕をどんどん発揮してもらいたい。

E-Gov

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Saturday, April 19th, 2008

ケベック州では70%の人が電子申告に対応するマネー管理ソフトを利用しているが、電子申告率は先程も述べたように現状40%台にとどまっている。 カナダ人すげー。電子申告40%というのもすごいし、「現状40%台にとどまっている」という認識がすごい。 もちろんキーボードに慣れている。リテラシーも生活水準も高い。日本ではそもそもPC利用率が40%無いかもしれない。(保有率はともかく) IT戦略本部は、2006年1月19日に発表したIT新改革戦略において2010年度中までにオンライン申請率50%を達成するという目標を掲げた。しかし、現在のところ電子申請利用率は1%にも満たない。それに対して1994年から電子申告を導入しているカナダ・ケベック州政府では、既に利用率40%を実現しているという(ただし電子申告は個人が対象。また、全員が申告義務がある)。 ──利用率の目標は? ルベル おそらく、使わない人はどうあっても使わない。全員が電子申告を利用することはないだろう。それでも利用率は70%くらいまでは上がると思っている。 日本は1%。 カナダ・ケベック州 「現状40%台にとどまっている」 「70%くらいまでは上がるだろう」 「全員には普及しないだろう」 具体的なビジョン、ロードマップをもってことにあたる。 簡単なことを確実にやるだけ。 「人柱」という言葉が脳裏をよぎる。 ---e-Taxスゴイ - NextReality

パラダイス鎖国

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Thursday, April 17th, 2008

極楽から下がる細い蜘蛛の糸に、地獄の住人がたくさんしがみついている絵が思い浮かぶ。 著者の主張 ・日本人は「議論が分かれる」分野に弱い ・日本人は「みんながやっている」分野で力を発揮する 「数少ない衆目の一致する有望分野に、エネルギーのあまった日本の企業がいっせいに食いついたら、あっという間に過当競争に陥り、ライフサイクルをいっそう短くしてしまう」に続いて冒頭の引用部。 著者のブログ:Tech Mom from Silicon Valley

新銀行東京

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Thursday, April 10th, 2008

このような教訓の抽出は一見もっともらしい。しかし、私は重大なポイントが見逃されていると危惧している。そもそも日本では「スコアリング方式の融資モデル」の本質が、全く勘違いされているのではないか。 見当はずれの新銀行東京批判:NBonline(日経ビジネス オンライン)