analog

9月 21, 2009

新政権国務大臣の「ハネムーン」発言に失望

カテゴリー: Japan, politics — hidetox @ 7:20 pm

「ハネムーン」は新政権が求めるべきものではない。メディアから与えられるべきものだ。

日本の政権交代、米国の反応は… 記者報告 | 日テレNEWS24

アメリカでは歴史上、共和党と民主党という2大政党による政権交代が行われてきたため、新しい政権が発足してから軌道に乗るまでには時間がかかるということをよく理解している。政権発足から100日間は、アメリカでは「ハネムーン」と呼ばれ、新政権に対して批判を控え、ある程度、様子を見るという伝統がある。このため、アメリカは、最初は鳩山政権に対してもその出方を見るとみられる。ただし、一定期間を過ぎた後は、世界の中で日本がどういう役割を果たすのか、より具体的な方針を示すよう求めてくるとみられる。

新政権の国務大臣が自ら「ハネムーン」などと言う代わり、単に政権のプライオリティやスケジュールを具体的に示して欲しかった。

それを可能にする政権移行プロセスに失敗していることが、本質的な失敗だろう。総選挙からの16日間で何かできたはずなのに、閣僚人事を首班指名まで引き延ばしたことで、政治空白を作ってしまった。

何かするのに時間がかかるのは仕方ないんだから、どれだけ待てば何が出てくるか教えてほしい。それが明らかなら、逆にそこまで待つしかないのだ、市民としては。「見守ってくれ」なんて自信なそうに閣僚が言う必要はない。自信がないのはみんな知っている。

なんとも危なっかしい鳩山新政権の船出 | 時評コラム | nikkei BPnet 〈日経BPネット〉

鳩山新首相は、政権発足から100日はハネムーンとしてゆったりと見てほしいということのようだが、それを許すほど内外情勢は甘くはない。

記者会見では衝突も“イラ菅”「100日はハネムーン」(社会) — スポニチ Sponichi Annex ニュース

始動したばかりの鳩山政権で不十分さがあった場合も「最初の100日はハネムーン」「今年中がちょうど100日くらい」とも指摘。本人は短気で“イラ菅”と呼ばれるが「寛容な心で見てほしい」と訴えた。

YouTube – 鳩山内閣総理大臣記者会見-平成21年9月16日-

YouTube – 鳩山内閣閣僚記者会見「菅直人大臣」

5月 27, 2009

移民自由化の件

カテゴリー: Japan, economics, politics, society — hidetox @ 1:03 am

私もリバタリアニズムとグローバリズム(良い意味で)は切っても切り離せない関係だと思います。

私は人種差別のほとんどない日本こそ、自由な移民の国を掲げて人類史の発展に貢献できる可能性があると思っている。

そのためには、我々が日本人という「既得権」を手放し、移民規制という参入障壁を撤廃し、世界の人々に日本市場への参入権を解放することだ。そのとき日本経済は爆発的に成長するだろう。

そう、かつての米国のように。

via: 自由で豊かな移民の国 « analog

と書きました。

ただ、実現は難しい、とも思います。

一国リバタリアニズムの前にグローバルなリバタリアニズムを置こう。「国の選択」ができる世界を目指そう。市場はつながっている。リバタリアンは自国政府に対してだけでなく他国政府にも規制の解除と自由の返還を要求しよう。そして自分にとっての費用と価値を測り、利益が最大化される国で生活しよう。

via: 海外移住:一国リバタリアニズムとグローバルなリバタリアニズム | アナルコ・キャピタリズム研究(仮)ブログ

「貿易の自由化」と違って「移民の自由化」の場合は「福祉・社会保障」の問題がネックですよね。

かつての米国のような低福祉国にならなければ、「受け入れ損」になりかねないかなと。つまり福祉へのフリーライダー問題です。

これが解決しないかぎり、自国世論が「移民自由化」に反対だと思うのです。

橘玲氏の言うように「人頭税」にしちゃえば移民が増えれば増えるだけ自国民は嬉しいんでしょうけれども。

実現可能なロードマップとはいかなるものでしょう?

5月 17, 2009

言論の自由がない霞ヶ関

カテゴリー: Japan, bureaucracy, liberty, politics — hidetox @ 1:02 am

高橋洋一著『さらば財務省!―官僚すべてを敵にした男の告白』には、官僚は無謬主義であること、上司・先輩のやったことを批判するなどもってのほかであることなど、官僚の体質が書いてありました。

そのような体質では、外に向かって役所の批判をするなどタブーでしょう。高橋氏は、それをやりました。

その高橋氏は「窃盗犯」となりました。報道によると、本人が罪を認めたそうで、即座に勤務先の東洋大から懲戒免職されました。それにより「社会的制裁を受けた」との理由で、起訴猶予処分となりました。

なにか不自然な気がします。陰謀論を語るのは慎重にしなければなりませんが、あまりにも「それっぽい」。そして、「それっぽすぎる」こと自体が不自然です。本当の陰謀なら、こんな「分かりやすい」筋書きにしないでしょう。

【起訴猶予と引き換えに口止め!?】高橋洋一元教授、起訴猶予に – ぽぽんぷぐにゃん

本人がいまだに出てこないのは、やはり口止めされてるんじゃないですかね。

東洋大の本人の弁解を待たずしての懲戒免職も疑問ですが、起訴猶予と引き換えに、懲戒免職と口止めを検察(官僚側)に約束させられているのではないでしょうかね。

マスコミは高橋本人への追跡取材をしてほしいものです。消される可能性さえ感じずにはいられません。

100%同意するわけではないですが、その可能性がゼロでもないと思います。

ただ、もし陰謀だとすると、こんなに分かりやすい筋書きもない。もし陰謀があるとすれば、もっと巧妙に、秘密裏に圧力をかけ、表舞台から葬り去る方法を選ぶでしょう。まさにいま私が抱いているような疑いを国民に持たせるのは不利だからです。

したがって、もし陰謀があるとしたら、むしろ、分かりやすく「公権力」の恐ろしさを見せつけている、つまり高橋氏を「見せしめ」に、「第二、第三の高橋氏」を封じる意図がある、と考えるほうが自然です。

繰り返しになりますが、陰謀かどうかは分かりません。軽はずみに陰謀を唱えるのは、官僚に対して不当に汚名を着せる行為であり、慎まなければならないと思います。あくまでも「陰謀があるかどうかは分からない」というスタンスで、ただ、あまりにも「それっぽい筋書き」に見えてしまう点を指摘しました。

高橋氏の著書を読んだり、関心があったりすれば、同様の疑念を持つようになる人は少なくないでしょう。それを「あくまで可能性の一つ」として提示しました。私は本論で「どちらかというと陰謀だろう」とも言ってませんので、誤解の無いようお願いします。

さて、本題に戻りましょう。次に気になるのは木村盛世氏です。『厚生労働省崩壊-「天然痘テロ」に日本が襲われる日』を書いた現役厚生官僚です。

新型インフルエンザ、水際封じ込めはナンセンス|ニュース|ロハス・メディカル:

 厚生労働省が言っているのは、検疫による水際での封じ込め、ワクチン、タミフルの3点セットですよね。でも、こんなの新型インフルエンザに対してはナンセンスです。

(略)

――なぜそんなものを前面に押し出しているんでしょう。

専門家がいないからでしょうね。WHOもフェーズ3から4に上げる時、封じ込めに努力せよなんて言ってません。それなのに封じ込めできると言っているのは、国民を欺く行為です。もし彼ら自身が本気で可能だと思っているのだとしたらあまりに宗教的だし、頭に何か新種のウイルス感染でも起こしているのでないかと心配になりますよ。

めちゃくちゃタブーの官僚批判をしてますね。すごい勇気です。(といっても、中傷表現は擁護しません。J・S・ミルは「少数派は努めて誠実に、穏健に、議論しなければならない」と言いました)

――本を出して、何か本省から言ってきましたか?

 本当にフランクに言ってくればいいんですが、何も正面切っては言ってきません。それをせずにイジメのようなことばかり。今回もアマゾンの書評に一般読者を装って悪口を書き込んでいる程度でしょう。彼らは一人ひとりは非常に臆病な羊。でも群れると狼になって意地悪をするんです。

 私は別に何も悪いことをしていないので、辞めろと言われる理由はないんだけれど、いつ辞めてもいい覚悟ではいますよ。一方で、もし責任ある仕事をしろと言われるならば、それも運命と思って懸命にやるつもりです。

――腹をくくっている分、上の人たちからすると一番始末に困りますね。

困るでしょうね。腹をくくってないと動いていかない、ビクビクしていたら動いていかないですよ。

彼女の主張の正しさ以前に、このように主張したこと自体に賛辞を送ります。ほかの官僚も反論があるなら公然と反論すればいい。すでに省内から公共の場に言論が移っている(出版によって)のだから、その反論は議論を深めるために有意義でしょう。議論において反論が無いと言うことは賛成と見なさざるを得ないわけですし。

よって、彼女の言論活動を応援したいと思いますが、今後の活動(官僚としても、それ以外も)が何らかの圧力で妨げられないかと心配です。べつに「えん罪を着せる」といった陰謀があるとは言いませんが、本人もインタビュー中で述べているように、すでに「飛ばされ」ているようです。これは今後ひどくかもしれません。

そうなった官僚にも、政治任用(ポリティカル・アポインティ)によって首相官邸の直属で大きな仕事をする機会があるようです。高橋洋一氏も竹中平蔵氏と旧知の仲であったことが安倍内閣での政治任用につながった、と本人が書いています。ただし、政権が短命ならそれで終わり、という不確実なポジションです。

木村氏の今後に注目します(彼女の論敵が現れるのか、主張が正しさはどの程度か、など)。

それだけでなく、公権力に対する監視の目を持ち続けたいと思います。国民の監視の目が増えれば、日本の「官僚支配」は弱まるはずです。もし無関心であった方は、これを機会に政治に関心を持っていただければと思います。

5月 12, 2009

政治に対してナイーブな日本国民

カテゴリー: Japan, politics, society — hidetox @ 12:59 am

小沢辞任に思うこと – 輪(わ) -Come and See the Blood in the Street.

「輪(わ)」の筆者(yehl431氏)に同意です。安全保障や社会保障へのスタンスは異なりますが、下記の文章には、とくに共感します。

結局、日本国民は政治に対してあまりにもナイーブなのです。

他にも、社会福祉国家を実現することを理想とする人がいた場合に、いきなりスウェーデンになることは困難でも、最低限のセーフティネットの拡充(それこそ給付額を1万円でも上げる等)の実現は十分あり得ます。

これらの例が、その理想と現実との落差を理由として、くだらないものだとは言えないと思います。理想は持ちつつも現実的な積み上げを為すことにより状況を少しでも改善するというスタンスは、経済活動でも、個人の生活の場面でも普通のものでしょう。

悪いところを少しずつでも直していって、より良いものを実現する。こんな当たり前のことを、政治について考えている人があまりにも少ないと思います。だから、政治家に対して清廉潔白であることを必要以上に求めるのであり、小泉純一郎のようなポピュリストが「自民党をぶっ壊す」と言うとあっさり信じてしまう。

政治に関心を持つ人が増えて欲しい。なぜなら、それは「他人事(ひとごと)」ではなく「自分事」なのですから。

人ごとではない。

私たち、一人ひとりが、行動を変えるしかない。

政治参加意識を高め、発言し、投票する。

あるいは、立候補したり、政治献金する。

自分の希望を叶えてくれる政治家を選ぶ。

必要なら、育て、支援する。

そういう一人ひとりの行動が必要です。

一人ひとりの行動が変わらなければ、

via: 政府という「独占企業」 « analog

3月 29, 2009

官僚支配

カテゴリー: Japan, bureaucracy, politics — hidetox @ 11:16 am

 官僚が国民を支配する要諦は「守る事が難しい法律」を作る事である。車の法定速度を守ったら渋滞が起きる。誰も守っていないのが普通である。警察は普通は見逃している。それで国民生活に支障はない。しかし時々警察は捕まえる。運転手は「運が悪かった」と思う。この時々警察の都合で捕まえるところに官僚の「裁量」が働く。官僚は法律違反を常に見逃しながら、都合で取り締まる。警察に歯向かう人間は取り締まられ、警察にゴマをする人間は見逃される可能性がある。

 スピード違反だけの話ではない。公職選挙法も「厳格に守った人間は必ず落選する」と言われるほど「守る事が難しい法律」である。「お目こぼし」と「摘発」は警察の思いのままだ。税金も「何が脱税」で「何が節税」かの区別は難しい。政治資金規正法も「守るのが難しい」法律である。みんなで同じ事をやっていても、取り締まる方が目をつけた相手は「摘発」され、同じ事をやっているその他は「お目こぼし」になる。これで政治家はみな官僚に逆らえなくなる。

 政治資金規正法を厳しくすると、最も喜ぶのは官僚である。これで政治が官僚より優位に立つのを抑える事が出来る。政治が力を持てばいつでも「摘発」して見せ、メディアに「政治批判」をさせ、国民を「政治不信」に堕ち入るようにする。「政治不信」こそ官僚にとって最も都合が良い。これで政治家を官僚の奴隷にする事が出来る。その事に協力してきたのがかつての野党とメディアである。

 「政治は汚い」と国民に思わせるように官僚は仕組んできた、それに応えてメディアは「政治批判」をする事が「権力批判」だとばかりに、口を極めて政治を罵倒し、官僚と言う「真の権力」にゴマをすってきた。国民はこの国の権力の本当の姿を見せられないまま、政治に絶望してきた。

via: 政治とカネの本当の話(1) (田中良紹の「国会探検」)

自民党の選挙はアメリカ型に近いのだが、日本で「金集め」は「悪」である。日本とアメリカ政治の何が一番違うかと言えば、政治と官僚の力関係である。アメリカは政治が官僚より優位に立ち、官僚をコントロールしている。日本では官僚が政治より優位にいて、政治が官僚にコントロールされる。官僚が最も嫌がるのは政治が力を持つことだ。そのため力の源泉になりかねない要素をことごとく封じ込めた。

via: 政治とカネの本当の話(2) (田中良紹の「国会探検」)

 かつて税制上認められていた政治献金は企業の「交際費」である。与党の1年生議員は当選すると企業を回って歩き、後援会への入会と政治献金を求めた。まだ企業が総会屋に利益供与を行うことが認められていた時代には、総会屋を担当する総務部が政治家も担当した。企業にとって政治家は総会屋と変わらず、何かの時の保険で、積極的にはお金を出したくない存在だから、政治家が企業から献金を受けるのは大変だった。

 そうした時に頼りになるのが官僚組織である。民間企業の許認可権を持つ役所が口を利けば、企業は直ちに献金してくれる。議員が大臣になりたがるのは、大臣になればそれ以降は役所がずっと面倒を見てくれるからだ。献金も集めやすくなる。選挙の票も集めてくれる。そして情報も教えてくれる。これが官僚組織が政治家をコントロールする手口である。こうして族議員が生まれてくる。

 政治家が自分で金を作ることや、民間が政治家を育てることは司法によって摘発の対象となった。そして「濾過器」を通らないと「汚れたカネ」として摘発の対象になる。これが政治を官僚組織に従属させ、国民を支配する官僚のノウハウなのである。

via: 政治とカネの本当の話(3) (田中良紹の「国会探検」)

本来、政治資金規正法の主旨は金額の「規制」ではなく、カネの「入り」と「出」を透明化することである。誰からいくら貰い、何に使ったかが分かれば、その政治家の働き振りが分かる。大して仕事をしない政治家は「入り」も「出」も少ない。政治活動を活発に行う政治家は金額が大きくなる。その使い道を見て有権者は政治家として有能かどうかを判断する。ところが三木内閣は「クリーン」を売り物に、世界の民主主義国がやらない金額の「規制」に踏み込んだ。これは政治の力を弱めたい官僚には都合が良かった。

via: 政治とカネの本当の話(3) (田中良紹の「国会探検」)

「企業は利潤を求めるから企業献金は賄賂になる」と言った新聞記者がいた。日本はいつから社会主義国家になったのだろう。利潤追求を「悪」だという民主主義国家を私は知らない。それを言うなら私企業を全廃しなければならなくなる。新聞記者の所属する新聞社は利潤を追求しないのか。利潤を追求すると新聞の使命を果たせないのか。企業は社会的必要があるから生まれる。企業が追求する利益が社会と相容れないはずがない。それを「悪」だと言うのは「官僚の論理」である。官僚は本質的に「社会主義者」だから企業の利潤追求を苦々しく見ている。その思いをかつての社会党が代弁して自民党の足を引っ張った。それに新聞・テレビが追随し官僚組織にゴマをすった。55年体制の愚かさがいまだに続いている。

via: これじゃオバマは生まれない (田中良紹の「国会探検」)

危機を脱するためにはこの構造に目を向ける必要がある。戦前の指導者は大恐慌に対抗して資本主義を排し統制経済体制を作った。それが戦後の高度経済成長をもたらした。しかし官僚統制型経済、製造業に特化して輸出で外貨を稼ぐ仕組み、官僚主導を担保するため政権交代をさせない仕組み、それらは既に限界に来ている。にもかかわらず構造だけは生き残って「百年に一度の危機」を招いた。今の日本に必要なのは次なる構造転換を構想出来る指導者である。景気対策程度で力んでいる場合ではない。

via: 危機が求めるもの (田中良紹の「国会探検」)

ぼくは以前から、納税者の視点で検察の捜査を監視すべきだと思っていて、いろいろなところで書いたり言ったりしてきました。
検察庁に限らず国の役所(霞が関)は、会社でいえば管理部門で、それ自体が何の生産も稼ぎもしない、いわゆるコストセンターです。

しかし、彼らには自らがコストセンターであるとの自覚がありません。
税金を投じた活動の効果がどれだけあがっているか、まったく検証されていないのです。
世の中、そんなお気楽な仕事をしているのは、霞が関しかありません。

via: 納税者の視点で検察の捜査を監視しないと (山口一臣の「ダメだめ編集長日記」)

誰も「仕事しないでもクビにならず、高給で、多額の退職金が出て、そのうえ多額の年金までもらえる」ような既得権を手放そうとはしませんから。

via: analog | この国は役人でつぶれそうです

「政府(官僚)」と「政治(政治家)」の区別がついてないのは最悪だ。官僚機構は自己保身で肥大化するし、民営化や規制緩和に抵抗する。これを止められるのは政治だけだ。我々が政治を応援しない限り、民営化や規制緩和は実現しない。小泉郵政民営化が圧倒的な民意の支持により達せられたことを思い出そう。

via: analog | 政府と政治の区別はついてる?

政治は、政府(官僚)の役割を縮小し、より小さな政府を実現するため、各種の規制を撤廃し、公共事業を削減し、より多くの政府機能を民営化すべきだ。その結果として個々人は財政規模縮小、減税の恩恵を受ける。

via: analog | 政治、政府、報道、民衆の構図

最後に、個人の自由とは逆の問題について取り上げる。個人の自由を政府が支援することについてである。これについて、政府の支援に対する反対意見は3つ上げられる。

 第1に、政府が事を成すよりも個人が事を成した方が効率的な場合があるという主張である。これは、経済学者によって説明がなされているのでここでは取り上げない。

 第2に、個人は政府よりも効率的に仕事を処理できないが、個人自らの精神教育の一環として、個人によって仕事が処理された方が望ましいという考え方である。これは、国民教育の問題とも関わってくるがここでは取り上げない。ただひとつ言っておくべきことは、個人がこのような仕事に従事することは、個人的なあるいは家族的な小さな世界から個人を抜け出させ、社会との結合を強く認識させる契機となる可能性が高い点である。社会との結合を認識しなければ、自由な社会というものは創造できないし、維持もできないのである。

 第3番目の理由は、不必要に政府の権力を増大させるという指摘である。政府の機構が大きくなり、個人の活動が政府に支えられるという事態になった場合、法的に自由な社会が維持されていたとしても、それは名目上のことに過ぎない。

 人類の進歩と自由を妨げるものを確定し、利益を多く確保しつつも大きな政府を作らないようにする。それは政治にとって最も難しい問題である。これを解決するには、人材を地方へ分散し自由に活動させ、中央は情報統制のみを行うという方法が良いだろう。政府が様々な点まで口を出すようになると、国家の活力は失われてしまうと考える。

via: J.S.ミル『自由論』

3月 16, 2009

自由で豊かな移民の国

カテゴリー: Japan, economics, politics — hidetox @ 6:18 am

 さて、ある種夢のない現実的な意見を述べるだけでは面白くないので、日本の内需拡大に寄与すると考える「特効薬」の処方を、劇薬かも知れませんが幾つか考えてみましょう。

 主な処方は「法人税の廃止」です。法人税の税収分(2006年度で約14兆9千億円です)の落ち込みは、所得税、消費税、相続税の引き上げでカバーします。税収の落ち込み分のカバーを遅らせると、その間実質的な減税になるので、需要の追加効果もあります。

 法人税の撤廃は、それ自体が減税であることに加えて、人々(企業)のインセンティブを変える効果があるので、「最強の景気対策」といっていいのではないでしょうか。

 第二の処方は、移民の受け入れです。どのくらいの数の外国人をどのように受け入れるかは難しい問題ですが、経済成長を目的とすると(今回のお題です)、生産(供給)、需要両面で、人口、特に労働人口の適度な増加が必要です。実施要領は難しいけれども、長期的な需要の増加のためには必要な措置だと思います。

 政府の経済活動を肥大化させずに、自由な経済取引を尊重しながら、経済成長を促進し、且つ経済的弱者に対して優しい社会を作ることは、簡単だとは申しませんが、十分可能であり、そのための道筋はほぼ見えています。

[JMM]村上龍、金融経済の専門家たちに聞く Q.1001 回答:山崎 元

福祉国家とは、何なのか? 福祉国家とは、差別国家の別名です。国内の福祉を訴える左翼が、同時に、国家の垣根を越えた平等を訴える。これは矛盾に気付いていないのか、もしくは欺瞞なのか。

もはや、あなたは矛盾に気付いてしまった。だから、本質に迫る思考を、もう一歩進めましょう。

「人間は生まれながらに平等」だから「富める者が貧しい者を救うべき」という左翼の論理は、根本的に矛盾している。だから、左翼は次のいずれかを認めるべきです。

* 「人命の価値は生まれながらに平等ではなく、生まれた国によって差別される」→世界人類平等の理念を捨て、ナショナリストになる
* 「自由な移民の国では、富める者が貧しい者を救う必要など無い」→経済的平等の理念を捨て、自由市場の信奉者になる

前者はナショナリズム福祉国家(全体主義、ポピュリズム)となり、後者はリバタリアン無政府資本主義(アナルコ・キャピタリズム)となります。

左翼諸君、私は人類みな平等、世界は一つと考える点で君らの同朋である

 最貧国に莫大な援助を行い、対外債務が返済不能になれば免除する

 先進国のリベラリストたち・・

 とっても善意、とっても立派・・

 でも、過去数十年続けられてきた最貧国への経済援助は、ほとんど何の効果もなかった。

 リバタリアンの経済学者は、最貧国の貧困は、国家によって引き起こされたのだから、

 国家がそれを解決することは不可能だと考える。

 貧困を解消する可能性は、市場にしかないが、先進国の援助がその市場を徹底的に破壊

 してしまったからだ。

 善意の援助は、最貧国の市場を破壊し、人々を「乞食」に貶めている。

 ケニアのエコノミスト、ジェームズ・シクワチは、

 「お願いだから、もう以上、援助しないでください」

 「私たちに必要なのは援助ではなく、健全な市場経済なのです。

  私たちを、自分の足で立たせてください」

 ・・では、単に援助を中止すればいいのか?

 リバタリアンの解決策は、

  すべての先進国は移民規制を撤廃せよ

  そうすれば、世界の貧困を劇的に改善する、と。

 アフリカの貧しい人々は、ヨーロッパへ大挙して押し寄せ、

 中南米の貧しい人々は、アメリカへ押し寄せ、

 中国の貧しい人々は、日本へ押し寄せ・・

 彼らの所得は飛躍的に増えるはず。

 先進国の国民は、たまたま豊かな国に生まれたというだけで、

 とてつもない既得権を享受し、

 この既得権を守るために、厳しい移民規制を敷いている。

 しかしながら、現在の国家において、国民の既得権を奪うような政策を実行できる政府はない。

ウォルター・ブロック「不道徳教育」・・超訳・橘玲 – システムエンジニアの晴耕雨読 – 楽天ブログ(Blog)

私は人種差別のほとんどない日本こそ、自由な移民の国を掲げて人類史の発展に貢献できる可能性があると思っている。

そのためには、我々が日本人という「既得権」を手放し、移民規制という参入障壁を撤廃し、世界の人々に日本市場への参入権を解放することだ。そのとき日本経済は爆発的に成長するだろう。

そう、かつての米国のように。

※関連リンク

* リバタリアニズムと右翼・保守・左翼・リベラルとの違い
* 左翼諸君、私は人類みな平等、世界は一つと考える点で君らの同朋である
* 自由のためのメカニズム
* 価値観を包摂するメタな価値観
* 自由で豊かな移民の国
* あなたも自由主義者だ
* お互いに不干渉/消極的自由論
* 政治、政府、報道、民衆の構図
* 政府と政治の区別はついてる?
* リバタリアニズムを知るためのリンク集(mojix.org)

3月 15, 2009

食糧危機というウソ

カテゴリー: Japan, economics, politics — hidetox @ 4:50 am

農水省がgroovisions(※)というデザインスタジオに制作を依頼したムービーが、ちょっとした話題になっている。(※1993年に京都で設立されたデザイングループ。グループ設立時からワールドツアーを含むPIZZICATO FIVEのライヴ・ビジュアルを担当し注目を集める)

私たちの命を支える食
今 大きな変化が訪れています…
日本の食料自給率は約4割…背景には私たちの食生活の変化…米などの国産農産物の需要が減り…農地面積も農家も減少…
食料をめぐる世界の状況は大きく変化…途上国の人口増加…中国などの経済発展…エネルギー問題…地球温暖化の進行…
今後、世界の食料問題がさらに深刻化すると見込まれる中で、食料を安定的に確保し、日本の豊かで確かな食を未来の子どもたちに残していくために、私たちは何をすればいいのでしょうか。
農林水産省/食料の未来を確かなものにするために

これは悪しき食料保護主義です。

自由な貿易で密接に結びついた国同士は「のっぴきならない」関係にあるため、貿易全面停止となる戦争には及ばない。つまり、自由貿易は国際平和を可能にします。保護主義は、その逆です。ですから「バイ・ジャパニーズ(Buy Japanese=日本製を買おう)」といった保守主義に染まらない方が良いです。保護主義はお互いにエスカレートする。「しっぺ返し」の連鎖になります。
不況でも「日本製品を買おう」などと言ってはならない

危機を煽り、消費者に高い日本製を買わせようとする。それだけではない、農水省の狙いは「食の安全保障」を求める民意の後押しを得て、食料保護主義政策を法制化することにある。その結果、農作物の値段が上がり、消費者は高いカネを払わされ、日本の農家の非効率性が温存されます。人々は、それに満足する。なぜなら、プロパガンダによって、それを望ましいことだとすら思っているからです。

笑うのは、農家・農協です。

このような「食の未来を確かなものに」されてはたまらない。農水省の主張に反論しておきます。

■農水省曰く、<自給率が低いと、何らかの原因で対日食料輸出が停止されたら大変だ>

答え:
自由貿易を続けて、より発展させていけば、戦争の可能性はどんどんゼロに近づきます。

戦争したいのでしょうか? 戦争するつもりなら、食糧自給率を高くしておかないとなりませんね。

そうでなければ、食糧自給率を気にする必要はない。むしろ、食糧自給率を下げれば下げるほど、戦争の危機は無くなる

■農水省曰く、<途上国の人々が豊かになり、たくさん食べるようになると、日本に輸出される量が減り、価格も上がる>

答え:
価格が上がれば輸出量は増えます。たくさん売れば儲かるのですから、農家・輸出業者は、こぞって輸出したくなる。

あるいは、供給不足になれば、供給を増やすためのイノベーションが促進されます。

食糧危機が深刻になるという予測が高まれば、そこに商機が生まれます。農作物が高く売れるという期待は、農業を成長産業にします。

一攫千金を狙ったバイオベンチャー、フードベンチャー、アグリベンチャーが大量に参入し、ネットバブルのような状況になります。その大部分が失敗・倒産するでしょう。ただ、ほんの数社、グーグルのような大成功が生まれます。それによって、食糧危機という問題は解決するでしょう。

だから、食糧危機など、心配する必要はありません。市場がイノベーションを促進するのです。それを妨げるものがあるとすれば、政府、産業規制、産業保護です。

定額給付金は福祉の効率化〜ベーシック・インカムに通じる

カテゴリー: Japan, bureaucracy, economics, politics, 定額給付金 — hidetox @ 2:38 am

定額給付金は有効だと考えています(今回の政治的失敗はともかく)。

あらゆる社会保障・貧困対策(生活保障、年金、雇用保険)を定額給付金(あるいは負の人頭税と言ってもいいでしょう)というベーシック・インカムに一元化すれば、行政が効率的になります。つまり、定額給付金を毎年の財政に組み込む、仕組み化することで。

厚労省(年金・社保庁・ハローワーク)を廃止すれば10万人の厚労省職員を9割削減できるでしょう。天下り先も含めると、10万人以上ということです。その給料・福利厚生・退職金、天下り先への助成金などを削減できれば、年間1兆円くらいの行政コストが浮くのでは?

※行政コストは、税金を「使うためのお金」であって、公共事業のような「実際に誰かに渡るお金」と違って役人のポケットに入る点で無駄です。また、「役人を雇う」ことを「公共事業」と称すのは最悪です。→この国は役人でつぶれそうです

一般会計だけで25兆円の社会保障費は定額給付金の財源になる。つまり25兆円の財源は、増税なしに捻出できる。毎年20万円を国民に配ることができる。

また、個人の可処分所得は、さらに増える。実質的な税金である社保料(年金・保険)の天引きが、無くなります。

無職・無収入の人間には、年間20万円のベーシックインカムが。さらに、働く人にとっては、社保料分の可処分所得が増える。

この議論に直接関係ないが、社保料を半分折半しているのは企業です。それがなくなる。つまり雇用コストが下がる。労働需要が増える。失業率が減る。企業の利益が増えれば、法人税の増収につながる(税率そのまま、税収が増えるといったとき「増税」とは呼ばない)。

財政のプライマリー・バランス健全化と同時に、効率的な社会保障を実現でき、そこに増税は必要ないのです。

したがって、定額給付金の額と回数を増やし、結果としてベーシック・インカムにつなげていく、といった政治を期待したい。

一つ言えるのは、その方向だった小泉氏、安倍氏はすでに表舞台から消えており、真逆の方向を向いている与謝野氏が経済政策を一手に握っており、さらには次期首相の有力候補である点について、日本経済の将来は明るくない。構造改革を推進できるリーダーの登場を待つ。

EDIT 2009.03.16: 定額給付金は、役人にとっては嬉しくない仕組み。なぜなら、そこに利権がないから。逆に言えば、定額給付金はクリーンで、汚職とは無縁の仕組みなのです。

ベーシック・インカムとは、社会の構成員、全員に、個人単位で、暮らすに足る一定の収入(=ベーシック・インカム)を、定期的に現金で配るシステムを指す(正確には、配られる収入のことを指すのだろうが)。これを受け取る個人は、働いていても、いなくても、関係ない。いわゆる「ミーンズ・テスト」(生活保護受給する際などの収入、資産の審査)は一切不要で、個人が、無条件で現金を受け取る。働いて、収入を得ている場合、ベーシック・インカムの他に収入を得て、収入には、多分課税される(消費税、資産税、キャピタルゲイン税などを財源とすることも考えられるが)。
 従って、生活保護を受けられずに餓死したり、受けられたとしても、「どうして、お前は働けないのだ」とさんざん言われて、惨めな思いをするようなことはない。ベーシック・インカム分の収入は、権利として、堂々と受け取ればいい。もちろん、使い道は自由だ。
 そして、基本的な考え方として、各種の社会保障・社会福祉は、できるだけベーシック・インカムに集約し、それ以上に必要な人が利用する、保険、年金、各種のサービスなどは、民間に任せる(それでも何が残るかは、各種の議論がありそうだが、福祉的制度・行政の大半は無くせるだろうし、私が、ベーシック・インカムを支持する大きな理由もそこにある)。

「ベーシック・インカム」を支持します – 評論家・山崎元の「王様の耳はロバの耳!」

実は、私もベーシック・インカムには賛成だ。

その理由は、ただ一つ。

それはベーシック・インカムが、受給者、すなわちこの場合は全ての人々に、選択権を与えることと同様だからだ。

もう少しひねくれた言い方をすれば、ベーシック・インカムとは、「何が生活に必要なのか」を、支給者ではなく受給者に考えさせる仕組みとも言える。例えば同じ5万円を、そのまま渡すのと、それで食料を買って渡すのとでは、資本主義社会では意味合いが異なるのだ。

404 Blog Not Found:ベーシック・インカムに賛成するのに十分なたった一つの理由

この国は役人でつぶれそうです

カテゴリー: Japan, bureaucracy, economics, politics — hidetox @ 2:16 am

私はケインズ的公共事業は有効ではないと考えています。従って、不要なダムを造るような公共事業には反対。

さらに無駄なのが公務員。公務員削減が必要だと考えます。なぜなら、ダム工事などは一回限りのプロジェクトですが、公務員は1件40年数億円の無駄遣いであり、それが数十万人も無駄に存在するとしたら、これはダム1個どころの無駄ではないからです。

そして、大多数の人が、公務員は仕事をろくにしないで、高給で、解雇されるリスクもない、既得権を持つ、日本最大・最悪の利益団体だ、と考えているでしょう。

実証的議論をしたいところですが、そもそもB/Sすら後悔されておらず、情報公開の責任を果たしていない政府。もし情報があれば、公務員の「生産性」の低さを根拠に構造改革を進めることができるのですが。役人はそれを知っているから、断固として情報を出さないでしょうね。

誰も「仕事しないでもクビにならず、高給で、多額の退職金が出て、そのうえ多額の年金までもらえる」ような既得権を手放そうとはしませんから。

それを改革できる強い政治家といえば、小泉さんは意味不明に辞めてしまったし、安倍さんも力尽きたし、渡辺喜美さんもしばらく表舞台からは消えたし(復帰するかもしれませんが)。。。

しかも、この不況で、人々は自立・自助(self-help)の精神を失い、政府に対してカネクレの大合唱。。。官僚は笑いが止まらないでしょう。大きな政府は、官僚の仕事を安泰にします。

少なくとも向こう数年間は、役人が「この世の春」を謳歌するでしょう。数年で終わらなければ、、、日本はデフォルトするかもしれない。

なにせ、財務省と仲良しの与謝野さんが旧大蔵省を復活させてしまった(財務・金融・経済財政・内閣府特命の兼務という形で)。彼は次期首相の最有力候補でしょう。政治が、政治家から、官僚(狭義の政府)の手に取り戻されてしまいそうです。

2001年の中央省庁再編により大蔵省は分割され、財務省や金融庁(内閣府の外局)にその業務は引き継がれている。財務省は依然予算配分等に影響力は残すものの、予算編成権は建前上経済財政諮問会議に移され、又、金融行政は内閣府金融庁の管轄となった。中央省庁再編は、政治の主導権を官から政へ移すため、強過ぎる大蔵省の力を削ぐ目的もあったとの見方も可能であろう。
大蔵省 – Wikipedia

「政府(官僚)」と「政治(政治家)」の区別がついてないのは最悪だ。官僚機構は自己保身で肥大化するし、民営化や規制緩和に抵抗する。これを止められるのは政治だけだ。我々が政治を応援しない限り、民営化や規制緩和は実現しない。小泉郵政民営化が圧倒的な民意の支持により達せられたことを思い出そう。
政府と政治の区別はついてる?

財政危機にある米カリフォルニア州は6日、公務員23万8000人を対象に、無給の一時帰休制度を始めた。支出削減を目的にしており、陸運局や保健局など一部役所が休みとなった。来年6月まで課す予定だ。
 シュワルツェネッガー州知事は昨年12月、「解雇を避けるため」と説明して制度の実施を発表。職員組合は反発したが、州最高裁がこのほど、知事案を承認した。毎月第1、3金曜日に対象となる職員が休暇を取る。知事は14億ドル(約1300億円)の節約につながると説明している。
 同州では税収不足が深刻化。420億ドル(約3兆9000億円)の歳入不足が見込まれている。
米国:カリフォルニア州が公務員24万人一時帰休

 府の一般会計当初予算案は、1999年度に169億円の収支不足に陥って以降赤字が続き、01年度からは借金返済のための減債基金から430億円~1145億円繰り入れてきたが赤字は解消できず、08年度も50億円の歳入不足だった。
 橋下知事は、08年度の予算編成で、職員給与を都道府県最低水準まで引き下げたほか、私学助成や市町村補助金を削減、減債基金の繰り入れも中止し、1100億円の収支改善を達成。
 こうした取り組みと経費節減などで、年度末に財源として回せる数百億円の余剰金を財源とし、行政改革推進債などと合わせると、税収減を見込んでも黒字転換が可能になった。
 08年度に185億円発行した赤字債の退職手当債も、09年度は発行しない方向で調整を進めている。
大阪府11年ぶり黒字へ…橋下改革成果

厚労省(年金・社保庁・ハローワーク)を廃止すれば10万人の厚労省職員を9割削減できるでしょう。天下り先も含めると、10万人以上ということです。その給料・福利厚生・退職金、天下り先への助成金などを削減できれば、年間1兆円くらいの行政コストが浮くのでは?
定額給付金は福祉の効率化〜ベーシック・インカムに通じる

* 景気対策と称して政府の財政支出に「たかる」民衆が増えるほど官僚は喜ぶのだ
* 政治、政府、報道、民衆の構図

必読書

IT業界の悲願「日本発」

カテゴリー: IT, Japan, economics, society — hidetox @ 12:11 am

IT業界が「日本発!」を希求する背景には「ソフトウェア産業における属国意識」がある。「脱奴隷!」という言葉は奴隷根性から出てくる。真に自立してれば「脱奴隷」とは最初から考えない。まあ一種の欧米コンプレックスです。

もっと健全なのは、単に「世界市場で大きく商売しよう」というスローガンです。

なぜ「日本発」などとナショナリズム的に言うのか。それは裏に官僚がいるから。国家政策とか言って予算を獲得するために世論を使う。良い例が「日の丸検索エンジン」という税金浪費大後悔プロジェクトです。

官僚が「ソフトウェア属国状態」という劣等意識を煽る。その解決策として「日の丸検索エンジン」という「国策プロジェクト(情報大航海プロジェクト)」を打ち出してみせる。欧米コンプレックスを持つ人々が、それに飛びつく。官僚が仕組むマッチポンプなのです。元財務官僚・高橋洋一氏も言うように「情報操作は官僚のお手の物」です。

官僚は責任を取らない。結果には関心がない。ただ、目先の予算が増える大プロジェクトをひねり出すことに、頭を使っている。それが彼らの関心です。そのバラマキ政府事業を受託した企業からは、個人的利益供与を受けているでしょう。

検索エンジンのイノベーションを起こすなら、経産省がバラマキをやるんじゃなくて、文科省が著作権法を規制緩和すればいいのです。

経産省は腐敗している。癒着しているITベンダーも。

古い投稿 »

Powered by WordPress