アートのネクストコモセンス/山口裕美: 第8回 福武總一郎(ふくたけ そういちろう)氏
要するに今の時代、現代の人っていうのは何が目的で何が手段か、わからなくなっているんですね。それが「経済は文化のしもべ」。
本当に日本という国、アメリカもそうかもしれないけども、そこはやっぱり経済が目的化してる。お金儲けが目的化していて、そのお金で何するかを誰も考えてない。もっというと quality of lifeっていうか「上質な生き方」を得るのが一番目的だとすればね、お金を得て何をすべきと考えた時、それは文化というものをもっと大切にしなくてはならんと真剣に思っている。もちろん福祉とか医療とか安全とか安心とか、環境問題などが前提にあってですよ。そういう中で目的を、もう少し考えないとダメなんです、と言っているんです。それを直島のプロジェクトでは医療とか福祉とかね、あるいは環境問題、ゴミの焼却処理場も持ってきたりしながら、そういうものを考慮しながら現代美術を使った街づくりをしている大きな理由なんです。
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analog | 経済的豊かさという衛生要因
人は交換可能消費財が充足するほど交換不可能財が増える。貧しい国の人々は臓器を売っている。「人生お金じゃない」と言えるのは飢えてない人間だ。
人は経済的豊かさによって「お金じゃないもの(交換不可能財)」の範囲が拡大する。貧困国より先進国でアートが発展しているのは偶然ではない。
「人生お金じゃない」と思う人ほど、経済的豊かさをまずは実現すべきであって、ほんとうに「お金じゃない」人生は、お金の先にある。ところが「人生お金じゃない」と言って、まるで「金儲けは悪だ」と言わんばかりに資産家を妬む人がいる。これはあべこべだ。経済に関する無知のせいだ。正しい知識の啓蒙が必要だと考える。
私は「人が経済的に豊かになるにはどうすればいいか」という問題を考えていきたい。市井の経済学者でありたい。
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analog | 道徳と経済
道徳を忘れた経済は犯罪だが、
経済を忘れた道徳は寝言である。
二宮尊徳
我々がリレーする聖火は、ふいに消えることがある。仕方ないさ。また点せばいいじゃないか。貴いのは、同じ火を絶やさず受け継ぐことではない。消えてしまったとき、ふたたび点し、受け継ごうとする、その心こそ貴いのだ。
『自由論』ジョン・スチュアート・ミル
山岡洋一による新訳が素晴らしい。光文社古典新訳文庫のキャッチコピーは「いま、息をしている言葉で」。シリーズの装丁も素晴らしい。創刊2周年とのこと。今後に一層の期待を。
光文社 古典新訳文庫:古典新訳文庫について
いま、時代は巨大な転換期を迎えています。まれに見るスピードで歴史が動いていくのを多くの人々が実感していると思います。
こんな時わたしたちを支え、導いてくれるものが古典なのです。「いま、息をしている言葉で」――光文社の古典新訳文庫は、さまよえる現代人の心の奥底まで届くような言葉で、古典を現代に蘇らせることを意図して創刊されました。気取らず、自由に、心の赴くままに、気軽に手に取って楽しめる古典作品を、新訳という光のもとに読者に届けていくこと。それがこの文庫の使命だとわたしたちは考えています。
『カラマーゾフの兄弟』が累計80万部突破! 大人の読書には続々登場の「新訳」を見逃すな! – エンタ – 日経トレンディネット
火付け役の一人、光文社古典新訳文庫編集長の駒井稔さんによると、自分自身もずっと「翻訳ものは読みづらい」と感じてきて、その原因を徹底的に排除することにこだわったという。いちばん重要なのは訳文の読みやすさだが、単に現代風にするだけでなく、翻訳者とよく話し合い、「以前は、原典が難しいから分からない、と思っていた点をとことんかみ砕いて分かりやすくした」。装丁や文字の大きさにも気を配り、改行を増やす一方で、持ち歩きやすいように上下巻に分けるといった工夫も。長編の場合は登場人物の名前を入れた栞(しおり)をつけ、最終巻の最後ではなく各巻に用語解説を含む読書ガイドを収録。解説、著者年譜、訳者あとがきなど、作品の理解を助ける周辺情報も充実している。
光文社以外の新訳も、ソフトとハードの両面から「読みやすく」作られていて、ストレスの少ない気持ちのいい読書体験ができる。新訳の多くは、時代を超えて愛読され、生き残ってきた普遍的な名作だ。つまり、ハズレが少ない。忙しい大人が限られた時間に読むに値する作品がそろっているのだ。
『カラマーゾフの兄弟』が累計80万部突破! 大人の読書には続々登場の「新訳」を見逃すな! – エンタ – 日経トレンディネット
以前からレイモンド・カーヴァーなどの翻訳を多数手がけ、翻訳家としての実績もある村上春樹は、あとがきなどで「翻訳には賞味期限がある」と語っており、お気に入りの海外小説の新訳に積極的に取り組んでいる。
NO BOOK NO LIFE | グレート・ギャツビーと華麗なるギャツビー
村上春樹は、翻訳には賞味期限があるという。翻訳というのは言語技術の問題であり、技術は細部から古びていくものだから、不朽の翻訳は原理的にありえないと。
404 Blog Not Found:近代的日本国民の青写真 – 書評 – 現代語訳 学問のすすめ
何度も読んだはずなのに、これを読むまで気がつかなかった。
この随筆集こそ、近代的日本国民というものを創り上げた一冊だったのだと。
それゆえ、近代日本国民たるもの、今自分たちが話している言葉で読み返すべきなのだ。自分たちがどうなりたいかを知り、そしてそこまで自分たちがどれほど離れているかを確認するために。
「現代語訳」が必要なのは「外国語」だけではない。
新曲素晴らしい。10年前、いや20年前と同じ音。この景気に「俺のパーティーは終わってないぜ感」がすごい。パーペチュアル・バブル。この自信はいまの時代に必要。 (続きを読む…)
(originally written on 2007.06.04) ECナビの宇佐見社長のブログ(東京IT新聞の紙面で)で知って読んだ。1950年代に書かれた文章。著者の博学からは、主題だけでなく、数多くの視点を学ぶことが出来る。 (続きを読む…)
人が美容整形しようと勝手だ。それを批判する人々は何なのだ。 (続きを読む…)
痴漢・凌辱など「過激」なAVのメーカー、ナチュラル・ハイ。「過激」なのはAVの内容だけではないようだ。 (続きを読む…)