Archive for the ‘critique’ Category

Cost-based Value: 創造性の価値

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Friday, June 20th, 2008

 浜田庄司という高名な陶芸家がいた。彼が長年の研鑚の結果生み出したのが、柄杓掛けという技法である。一抱えもあるような大皿に、柄杓で釉薬をひょい、ひょいと掛けていく。所要時間は約15秒。こうしてできた皿が、何百万という価格で売れるのである。それを見たある人がこう言った。「何百万円のものにかける時間が15秒というのはあんまりじゃないか」と。その問いに、ありし日の浜田庄司はこう答えたという。  「15秒プラス60年と考えていただきたい」 via: コスト主義の耐えられない軽さ - 思索の副作用 - Tech-On! タイトルの「人生を決めた15分」はなんとフェラーリ会長の前で新車をたった15分でデザインした著者の武勇伝だ。しかし、物理的時間ではたった15分であっても、そこには著者の経験と情熱のすべてが濃縮されていた。 「僕らの商売には「ハレとケ」ではないが、2つのモードがある。1つめは「溜め」で、自分の中で材料を溜め込み、熟成し、並べ替える作業をしている。これは外から見ても知ることのできない部分で、一見何もしていないかのようだ。もう1つは「発散」で、一気阿成」にアウトプットするモードだ。絵を描き、シナリオを形にし、成果物として世に問う。人はこの部分だけを見て、仕事をしていると思うものだ。」 via: 人生を決めた15分 創造の1/10000 - 情報考学 Passion For The Future

Realism: ハイ・ファイ

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Monday, June 9th, 2008

最もこだわったのが色で「昔はセル画で、色のコントロールが自由ではなかった。デジタル技術によって、今考えられる色でつくり直すことができた」という。 ・・・ さらに、川井憲次の音楽もリミックス。音響制作はランディ・トム(『Mr.インクレディブル』でアカデミー賞受賞)に依頼し、ジョージ・ルーカス率いるスカイウォーカーサウンドで最終の編集を行う凝りようだ。タイトルも「パート2でないし、パソコンソフトのようにバージョン・アップした意味合いで、明らかに1つ進化した」という思いから『2.0』とした。 ・・・ 『攻殻機動隊』はスクリーンで見てほしい。このバージョン・アップはDVDでは分からないと思う via: Variety Japan | 『攻殻機動隊』3-DCGで全編リニューアル ハイ・ファイという言葉がある。言うまでもなくハイ・フィデリティの略語で、原物再現の効率の高さを誇る意味合に由来する語であろうが、文学上のリアリズムとは、或る作家の一種の人生観を指すのが本義であって、原物再現の技術の意味は附けたりだ。モーパッサンのリアリズムの本義に比べれば、附けたりばかりが派手に拡がって了ったものだ。ハイ・ファイという便利な言葉が出来たのなら、例えば、カメラのリアリズムというような曖昧な言葉は止めにして、カメラのハイ・ファイという事にしてはどうか。 (『井伏君の「貸間あり」』小林秀雄)

Emotion: 感ずること

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Sunday, June 8th, 2008

感心することを怠りなく学ぶ事。感心するにも大変複雑な才能を要する。感心することを知らない批評家は、しょっ中無けなしの財布をはたいている様なものだ。 (小林秀雄「断想」) 小説をつかまえるために、暗闇の中で目を見開き、沈黙の中で耳をすます。 via: analog | Writing School: 一億三千万人のための小説教室

Amedeo Clemente Modigliani: 美の再発見

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Saturday, June 7th, 2008

国立新美術館 モディリアーニ展 "Modigliani et le Primitivisme" 素晴らしかった。その感動を忘れぬうちに文章にしておく。 貧しい生活のなか、いまだ得られぬ独創性を模索しつつ、焦燥感・鬱憤・不安をぶつけたかのような陰惨な絵を書く若者。 彼は原始美術と彫刻という二つの美のかたちに出会う。彼の求める美の手がかりがそこにあった。カリアティッド(古代ギリシャ建築の梁を支える女性像の柱)の手法をものにし、理想の美のかたちを手に入れた彼は、友人・知人・隣人というモチーフを自らの美の型にはめて描くことで、普遍的な美のかたちと、モチーフの個性という二つの要素を同時にキャンバス上に出現させることに成功した。 何よりも心打たれたのは、何枚ものカリアティッド。いちど掴んだ手掛かりを死んでも放すまいと、執拗に執拗に、何度も何度も彫刻しては絵を描く、その無限の繰り返し。おそらく肺を病む彼の死期を早めたであろうその粉塵は、しかし彼の血肉となり、キャンバス上に彼にしか見えない究極の美の曲線を見いだすに至らしめたに違いない。 35にして生涯を終えた彼は晩年に妻(ジャンヌ・エビュテルヌ)を描いている。その絵からは、彼の目を通して妻の神々しいまでの美しさが、彼の筆を通して妻への溢れる愛が伝わってくる。 彼が死を予感していたのか知る由も無いが、彼の絵はまるで死を迎える準備を済ませた人や、悟りを得た宗教家にしか実感しえないような、世界そのものが光を放って見えるという世界観を表現しているようだ。三十路そこらでその境地に至った彼に感動した。 独創とは生み出すものでも、手に入れるものでもない。自らの内に見いだすものだ。彼の歩みはそう教えている。 See also: カリアティッドとは本来、古代ギリシャの神殿建築で梁を支えている女性を象った柱のこと。アテネのアクロポリスにあるエレクティオンの人柱像が有名だ。この時代、まだ彫刻家を目指していたモディリアーニは、カリアティッドと題した石の女性像を多数つくり、ゆくゆくは「逸楽の神殿」を造ることを夢みていたという。そのために、たくさんのカリアティッドの下絵を描き、実際に彫刻を手がけている。彫刻はわずか2点しか現存しないが、下絵の素描は数多く残った。モディリアーニ作品では、こうした彫刻やその下絵の素描を「カリアティッド」と呼ぶ。 via: 【レポート】知られざる原点から代表作までモディリアーニの全容を一望 - 国立新美術館 (3) カリアティッドを通して追求した完璧な美 | ライフ | マイコミジャーナル モディリアーニ研究の第一人者として知られるレステリーニさんは、こう説明する。「カリアティッドは、モディリアーニがアフリカ、オセアニアなどの原始美術に触れて、人間の形を根本から再構築しようとした探求の跡です。その後の彼の絵はこの延長線上にあります」 via: asahi.com:「長い首の疑問 解決します」 モディリアーニ展 - 文化一般 - 文化・芸能 Amedeo Modigliani. Portrait of Woman in Hat (Jeanne Hébuterne in Large Hat). - Olga's Gallery ジャンヌ・エビュテルヌ - 松浦淳のブログ - 楽天ブログ(Blog) analog | Uniqueness Is Being Yourself: 自分の資質 analog | Consequence: 独創とは

A Poor Player: 影法師

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Wednesday, June 4th, 2008

人生経験が演技に深みを与える、などといった物言いは、もはや過去のものかもしれない。観客は役者に人間性まで求めていない、そういう時代だろうか。 今では映画をつくっているのは観客です。今の映画はなかにはなにもありません。かつてはキートンとかチャップリンといったスターたちが、自分の肉体をつかって演技したり演出したりしていました。でも今は、スターであればあるほどなにもしないのです。(・・・)カットとカットを頭でつないで、「彼はこれこれのことを考えている」と考えるのは観客なのです。(・・・)仕事をするのは観客なの方なのです。観客は金を払って、しかも仕事をしているのです。(『ゴダール映画史1』ジャン・リュック・ゴダール より) 引用元 ハリウッドセレブと彼らをとりまくゴシップなどの生態を見ていると、現代とは人間である前に役者であることが可能な時代なのだろう。 いや、彼らは役者である前にスターなのかもしれない。セレブなのかもしれない。むしろ芸人なのかもしれない。ゴシップ誌において彼らの演技について何も言及はされない。ただ彼らがセレブである、それだけが関心の対象になる。成功した役者はセレブと呼ばれるのではあるが、ゴシップの文脈においてセレブが役者であるかどうかは関係ない。 いずれにしても、みずからの人生そのものを切り売りするという生業は、あるいは舞台の上だけの演劇よりも深い精神性を持つことも可能かもしれない。そう思わずにはいられない。現に文学やファイン・アートは作家の人生と切り離すことが難しいではないか。 そういったハリウッドセレブというものが少ない、あるいはいないだけだろう。「セレブ」という様式でみずからの人生を表現手段とするような芸人、あるいは人生の役者といったものは、下手な文学やファイン・アートを超えた精神性を我々に見せ付けることになるだろう、と予感する。 たとえば、こういう言葉からなにか豊かな想像ができないだろうか。 「パリス・ヒルトンという文学」 「シャロン・ストーンという文学」 あるいは計算された喜劇だとすると・・・ いつの世でも天才たちは恵まれない。それに比べて小手先の世渡りだけで、うまくやっている偽者どもがもてはやさる、ああ情けないがそれが人生、それが浮世さ。だけど…。 私は違う。そうはならない。なりはしない。己を騙し、揉み手を摺るなど惨めなだけ。たとえ私は飢えて死んでも心は売らぬ。だから私はこの人生の大根役者。 人に嘲られ指を指されても憐れみ乞うなぞ断じてしないさ。泥にまみれても、輝き渡る天才の意気地をお目にかけましょう。 そうだ!私は誰にも負けない!負けはしない。生きてゆくのだって大根役者!それもけっこうだ。 引用元 人生は歩き回る影法師。哀れな役者だ  : Life's but a walking shadow, a poor player, 引用元