今回の定額給付金では、国民のほぼすべてが思わぬ余剰金を手にすることになる。その単価は1万円以上。しかも、給付自体に異を唱える国民が一定数存在する。何のために税金を納めたのか。莫大な経費をかけて徴税し、莫大な経費をかけてばらまく意味はあるのかと。
シリーズ 変なニッポン 3 ゴリ押し定額給付金、 使い道も政府の言いなりですか?:日経ビジネスオンライン
定額給付金は「バラマキ」ではない。「取りすぎた税金を還す」ことだ。定額給付金という手法自体は、別に悪くない。もちろん、国債を発行してやるようなことではないが。
税金ではなく寄付を納め、公益に与する“寄付政治”の揺籃が、今まさに起こりつつある日本。霞が関で予算を奪い合っている人たちは、何を思うのだろうか。
小さな政府、最小国家、無政府資本主義という政府解体の過程は、政府の仕事を民間が奪っていく過程でもある。
ミルトン・フリードマンは寄付に肯定的だったが、ウォルター・ブロックは寄付に否定的だ。いまの私は、どちらかというと否定的だ。
政府もNPOもない世界。税金によっても寄付によっても「公的サービス」は提供されない。あらゆるものが私企業によって提供される。本当に可能だろうか? もっと考えていく必要がある。