Archive for the ‘art’ Category

A Poor Player: 影法師

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Wednesday, June 4th, 2008

人生経験が演技に深みを与える、などといった物言いは、もはや過去のものかもしれない。観客は役者に人間性まで求めていない、そういう時代だろうか。 今では映画をつくっているのは観客です。今の映画はなかにはなにもありません。かつてはキートンとかチャップリンといったスターたちが、自分の肉体をつかって演技したり演出したりしていました。でも今は、スターであればあるほどなにもしないのです。(・・・)カットとカットを頭でつないで、「彼はこれこれのことを考えている」と考えるのは観客なのです。(・・・)仕事をするのは観客なの方なのです。観客は金を払って、しかも仕事をしているのです。(『ゴダール映画史1』ジャン・リュック・ゴダール より) 引用元 ハリウッドセレブと彼らをとりまくゴシップなどの生態を見ていると、現代とは人間である前に役者であることが可能な時代なのだろう。 いや、彼らは役者である前にスターなのかもしれない。セレブなのかもしれない。むしろ芸人なのかもしれない。ゴシップ誌において彼らの演技について何も言及はされない。ただ彼らがセレブである、それだけが関心の対象になる。成功した役者はセレブと呼ばれるのではあるが、ゴシップの文脈においてセレブが役者であるかどうかは関係ない。 いずれにしても、みずからの人生そのものを切り売りするという生業は、あるいは舞台の上だけの演劇よりも深い精神性を持つことも可能かもしれない。そう思わずにはいられない。現に文学やファイン・アートは作家の人生と切り離すことが難しいではないか。 そういったハリウッドセレブというものが少ない、あるいはいないだけだろう。「セレブ」という様式でみずからの人生を表現手段とするような芸人、あるいは人生の役者といったものは、下手な文学やファイン・アートを超えた精神性を我々に見せ付けることになるだろう、と予感する。 たとえば、こういう言葉からなにか豊かな想像ができないだろうか。 「パリス・ヒルトンという文学」 「シャロン・ストーンという文学」 あるいは計算された喜劇だとすると・・・ いつの世でも天才たちは恵まれない。それに比べて小手先の世渡りだけで、うまくやっている偽者どもがもてはやさる、ああ情けないがそれが人生、それが浮世さ。だけど…。 私は違う。そうはならない。なりはしない。己を騙し、揉み手を摺るなど惨めなだけ。たとえ私は飢えて死んでも心は売らぬ。だから私はこの人生の大根役者。 人に嘲られ指を指されても憐れみ乞うなぞ断じてしないさ。泥にまみれても、輝き渡る天才の意気地をお目にかけましょう。 そうだ!私は誰にも負けない!負けはしない。生きてゆくのだって大根役者!それもけっこうだ。 引用元 人生は歩き回る影法師。哀れな役者だ  : Life's but a walking shadow, a poor player, 引用元

Distiller

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Saturday, May 17th, 2008

Christina Aguilera via pixlporn.com | nude celebrities Art Barcodes by Irma Boom, with music by Micharl Nyman via SHIFT | SELECT ITEM | BY DESIGN

Dropping Letters

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Wednesday, May 14th, 2008

いま考えるとCascadeウイルスは芸術的。 via 文字が落ちる?!:FUKUDA_ID:So-net blog via Cascade Virus: Down the memory lane. | Jumbled Thoughts Cascade is often not detected, because it produces no obvious effects. In the original version, the virus contained code that was set to "go off" between Oct. 1. and Dec. 31. 1988, shortly after an infected program is run. ...

UT LOOP!

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Saturday, April 19th, 2008

Funny!

デザインは自己表現手段ではない

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Thursday, April 10th, 2008

フィリップ・スタルクが「デザインとは、自己表現手段ではない」と言い切った。 スタルクは「自分を表現する」のが目的であり、その「手段」としての「デザイン」は間違っていた、と言っている。 アートとデザインが明確に違う、ということを、もっともアーティスティックな「(元)デザイナー」が語った、とも言える。 彼の意味する「デザイン」が(私と同じく)「クライアントやユーザの問題を解決する行為」なのだとしたら、彼が「デザインとは、忌むべき表現形式だ」と言ったのには賛同できる。 べつに自己表現するデザイナーがいてもいい。ただし、それはあくまで「邪道」である、という認識は欲しい。 佐藤可士和が「ぼくのデザインは自己表現ではない」「クライアントの中から導き出したもの」「問診をするドクターのように問題を明確にし、解決策を示しているだけ」と言っており、そこに「自己表現」の意図が感じられないのも、この問題を考える良い例。 スタルクの逆で、自己表現したいわけではなく「問題解決」したいという意味で真の「デザイナー」だと思う。 フィリップ・スタルク「デザインに嫌気」、2年以内の引退を表明 国際ニュース : AFPBB News 私がデザインしたもの全ては不必要だった。2年以内には確実にリタイアし、何か他のことをやりたい。まだそれが何かはわからないけど。自分を表現する別の手段を見つけたい。デザインとは、忌むべき表現形式だ AFP: Philippe Starck tells magazine design is dead Everything I designed was unnecessary. I will definitely give up in two years' time. I want to do something else, but I don't know what yet. I want to find a new way of expressing myself ...design is a ...

スローモーション

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Wednesday, April 9th, 2008

fladdict.net blog: SCR第二弾 DROPCLOCK リリース "<ミレニアムの5天使>(部分)「旅立つ天使」ビル・ヴィオラ 2001年 ヴィデオ・サウンド・インスタレーション Photo: Kira Perov" 【ニコニコ動画】カシオEX-F1が超高速撮影ですごい件 [H.264]

動く写真

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Wednesday, April 9th, 2008

写真家にとっての映像は、映画監督にとってのそれとは違うようだ。 多分、Flickr が考えているのは、本来の「動画」じゃなくって、 「ちょっとだけ長い時間を切り取った写真」なんじゃないかって。 そう思う。まるで LOMO Movie みたいな。 安藤日記 特にムービーに関しては、デジタルカメラが登場したことで、映像を撮る生理感覚が写真に近くなりましたからね。digi+KISHINというのは本当にカメラとムービーをそのまま持ち替えて撮っているだけなんです。今や動画を撮るのに大勢のスタッフは必要ない。一対一の関係なら、写真と全く同じ生理で、映画でも写真でもない動く写真のようなものを作ることができるじゃないですか。 篠山紀信 インタヴュー on STUDIO VOICE Vol.389