監視社会の息苦しさ
Googleストリートビューを指して「監視社会だ」という人がいるが、一方でそのこと自体が監視社会化につながることにも気付くべきだ。
もちろんグーグル社に対して「ストリートビューでうちの庭の中が見えるのは困る」と抗議するのは自由だし、権利侵害がある場合には修正も必要だろう。しかしグーグルに修正を強制する権利はだれにもない。憲法に定める表現の自由は民主主義が成り立つための絶対条件であり、安易に例外を作ってはいけないのだ。他人の言論を制限しようとする「権利のインフレ」は表現を窒息させ、ウェブを不自由にするだけだ。
「屁尾下郎」氏のツッコミが世の中を詰まらせる (「公私混同」原論):NBonline(日経ビジネス オンライン)
—— まさに管理する人の仕事だけが増えたんですね。
糸井 そこで問題なのは、「仕事は増えているけれど、何も生んでいないし、消費されていない」ということなんですよ。
—— ええっ? どういうことですか?
糸井 つまり、見回りみたいな「管理」の仕事を増やしても、何も生み出さないし、誰も消費をしないじゃないですか。ただ、たしかにこうした官僚的な仕事、官僚的なコストを増やしていくと、ノーアイデアでいろいろ回るんです。

