高いところから落ちると痛い(生活の知恵、安全管理、金融リスク)

このエントリーを含むはてなブックマーク November 2nd, 2008 | posted in economics, science, philosophy |

私が工業高等専門学校で学び、いまでも大事にしている教訓の一つに、「落ちたらまずいものは、床におけ」あるいは「前もって落としておけ」というのがあります。

ちょっと高校物理におつきあいください。数式も出てきますが難しくありませんので。

物が落ちて困るのは、位置エネルギー(ポテンシャル・エネルギー)が運動エネルギーに転換し、その運動エネルギーが床との衝突によって物体の破壊につながるからです。

位置エネルギー(potential energy)は重力によって生じます。それは基準面からの高さに比例します。(E=mgh)

基準面に置けばh=0ゆえにE=0となり、破壊に必要な運動エネルギーもない。安全です。

では、基準面(h=0)とは何か?

これは決まっていません。相対的なものです。ここがポイントです。

位置エネルギーの基準面とは「どこまで落ちるか」で決まる。落ちてみないと分からない。絶対安全、ということはない。床に置けば安全と思っていたら、床が抜けることもある。地面だって安全ではない。地盤の崩落で民家が飲み込まれることもあります。

とはいえやみくもに怖れる必要もない。私の家も地上13階にあります。ただ、タミフルは飲みたくないのでインフルエンザの対策はする。落ちたくないので。

閑話休題。

これを生活に知恵にすれば、このモノが落ちうるリスクを考慮し、「あらかじめ落ちるところまで落としておく」というのが、モノが落ちることによる破壊を防ぐ最善の策ということになります。

この原則の要諦は、位置エネルギーを不用意に上げるな、という意味でもあります。位置エネルギーを上げると危険が増す。

例えば、割れ物を運ぶとき。担ぐのではなく荷車を使う。単に負荷が下がるだけではありません、落下時の衝撃を減らすことにもなります。

工場での安全管理。安全靴というのもありますが、そもそも足の上にモノが落ちてこないようにすればいい。ハンマーを作業机の端に置いてはならない。落ちやすいところに置かないこと。道具に所定の位置を与えて整理整頓するというのが基本である、というのは単なる様式美の精神論ではなく、実務的な意味があります。これは製造業の作業員や工場管理者なら叩き込まれているはずです。

「床に置く」というのは「前もって落としておく」ということでもあります。

机の上に割れ物の段ボールが置いてある。それを「落ちないように」と机の真ん中にずらして解決する人がいる。私なら床に下ろす。前もって落としておけば、それより落ちることはない。

私はポテンシャル・エネルギーと説明されて腑に落ち、いまだに実践できる行動原則になりました。高校物理も実生活に役立つことはある。

これを幼稚園生でも実践できる表現にすれば「高いところから落ちたら痛いよ」となります。

小学生なら「落ちたらまずいものは、床におけ」となります。

中高生なら「前もって落としておけ、ただし、そっと」という言い方に。これは、まだ起こっていない危機にあらかじめ対処する、というリスク管理です。より広い応用がききます。

さらに、大学レベル。ポテンシャル・エネルギーとは重力に限りません。「中心に引き戻そうとする力」が働くような場合、重力と同じアナロジーがはたらきます。初等物理教育で、バネのエネルギーについて習うと思います。

要するに「元に戻ろうとする力」に抗って、抗ったままの状態に保つから「ポテンシャル・エネルギー」が生じるのです。それが元に戻るときに運動エネルギーが発生します。逆に言えば、もともとポテンシャル・エネルギーというのがあるのではなく、それは「将来運動エネルギーに変わる、まだ何者でもない潜在的能力」であるからこそ「ポテンシャル(潜在的)」という名前がついている、と聞いたことがあります。(ラグランジュがそういう意図で命名したのかは定かではありませんが、説明としては腑に落ちました)

ポテンシャル - Wikipedia

大学生なら「ポテンシャルを大きくすれば、中心に戻るときのエネルギーも大きい」と覚えてほしい。

例えば、高いレバレッジをかけて、高いリスクをとっているトレーダーがいるとしましょう。統計的には平均に回帰する(いわば引力)というのに、そういう統計学の基礎をしらないか、あるいは「ニューエコノミー」といった戯言で平均値そのものが変化しているといった妄想を抱くトレーダーは少なくないようです。

高いレバレッジをかける、というのは、平均値ーーーあるいは運が悪ければダウンサイドリスクのぶんだけさらに低いところまでーーー落ちたときのダメージが大きい、ということです。当たり前ですね。

もちろん実際に平均値自体も動く。トレンドですね。ただ、いわゆる経済のファンダメンタルズが激変することがありえるのでしょうか。市場に気付かれずにーーーなぜなら、市場が気付けばそれを折り込み緩やかに変わるから。効率的市場仮説は私も信じていませんが(まさに今起こっていることが示すように)、それにしても市場の効率性を信じてなさすぎでしょう。昨今では戦争や大災害すら、ある程度のショックで吸収しているのが金融市場ではありませんか。

あまりに平均と標準偏差、その変化(トレンド)を無視して、高すぎるレバレッジをかけるのは、高いところに登るのと同じです。落ちたら痛い。死ぬかも知れない。

派手に落下して痛い目を見たくなかったら、ポテンシャル・エネルギーを低く抑えることです。

高ければ高いほど、落ちたときに痛い。低いところは安全だ。幼稚園生でも知ってる道理です。

人間は統計を理解するセンスを生まれ持っていない。そのうえ金がからむと正しい判断から遠ざかる。すべてのトレーダーは行動経済学を学んで、できれば感情を理性でおさえるトレーニングをしたうえで、トレーディングをしたほうがよいのではないでしょうか。

そのうえで「中心に回帰しようとする力が働くときに、中心から大きく遠ざかろうとすることは、危険をともなう」というポテンシャル・リスクについての理解も。やはり人間は抽象的なリスクに対して、高いところに登ったときのような危機感を感じることができないのですから。理性でポテンシャル・エネルギーを計算するしかない。

以上、高いところから落ちると痛い、という話でした。

(※とはいえ「将来は過去のデータから予測できる」とは限らないケースもあります。本当にトレンドが激変することもあるのです。これはなんともいえないところです。あえて断言したのは演出です。ただ、妥当な推論からいって「とりすぎ」なリスクというのはあります)

「ブラックスワン」の助言、プラス50%超の運用成績生む−大暴落でも

10月14日(ブルームバーグ):「ブラックスワン」の著者ナシム・タレブ 氏の助言に従った投資家は年初来でプラス50%超の運用成績を上げている。株式相場が70年ぶり最悪の暴落となったなかで、同氏の株価大変動を切り抜ける手法が奏功したのだ。

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