思いやりはお金に換算できる!?
最近「社会起業」とやらに熱心な学生が増えている。社会参加意識の高いのはいいことだ。できれば様々な理論を学んで、本当に自分が役立ちたいように社会に役立つ方法を身につけて欲しいものだ。ときとして善意の結果が裏目に出るのも現実世界の特徴だし、大局観がなければ合成の誤謬に陥る。
今日の引用:
『思いやりはお金に換算できる!?』 有路 昌彦 (著)
P.166-167
●ボランティアはやめよう
ただ、こうした活動で大事なことは、ボランティアをしてはいけないということです。ボランティア活動は、社会コストを下げるには、最も効果のある方法です。が、ここがむずかしいところ。仕事がボランティア活動で担われれば担われるほど、その仕事はますます「お金を払う必要のない仕事」になってしまうんです。
(略)
無理のないものは、とにかくみんなでやればいい。でも、ちょっとでも無理しないとできないものについては、安くてもいいから報酬をもらうべきなんです。
(略)
企業に頼むよりずっと安く労働を得た社会は、浮いたお金を別のことに回します。お金が別の形で別の組織に支払われたら、その組織が働かずにお金をもらったことになります。ものすごく悪い言い方をすると、「労働の対価が横流しされている」わけです。
一方、ボランティアの人たちは、やがて息切れします。働くことは余力や時間を注ぎ込むことですから、タダで働くとその人の「時間資源」はどんどんなくなります。最後はやっぱり、対価のある活動に移らずにはすみません。
つまり、その活動が長続きするためには、「実際に働いた人が対価をもらうこと」がものすごく大事なんです。でも、よく考えると、それって当然ですよね。経済学でも、お金は「労働の対価」。これこそ、基本中の基本です。
(略)
対価をもらえば市場が成立し、もらった対価をその人が消費すれば経済も回る。ほら、ここでも
「経済の一部になること」
が、活動を持続可能にするために重要だということがわかります。
関連記事:マルクス経済学ではボランティアを語れない


3 Trackback(s)