依頼心(資本論)

このエントリーを含むはてなブックマーク October 13th, 2008 | posted in economics, history, cuote, philosophy, society |

超訳『資本論』的場 昭弘
P.347 「あとがき」

なぜ労働者は努力しても資本家になれないのか、
それは最初から条件が違っている
という事実を知れば理解できます。
資本主義が始まるには、さまざまな条件が必要で、
(略)
これらによって、労働者が労働力商品以外に
売るものがないような条件がつくり出されたわけです。

だからいたずらにいつかは資本家になれるだろう
というような甘い夢をもたないことが必要です。
もちろんそうした夢を捨てられないことは
確かだからこそ、『資本論』をしっかりと
読まねばならないのです。

かような依頼心は国を滅ぼすなり。
独立の気象無き鉄面皮を見るが如し。

『学問のすすめ』 福沢諭吉 (岩波文庫)
P.12 学問のすゝめ 初編

身分重くして貴ければ自ずからその家も富んで、
下々の者より見れば及ぶべからざるようなれども、
その本を尋ぬれば
ただその人に学問の力あるとなきとに由って
その相違も出来たるのみにて、
天より定めたる約束にあらず。
諺に云く、天は富貴を人に与えずして
これをその人の働きに与うるものなりと。
されば前にも言える通り、
人は生まれながらにして貴賎貧富の別なし。
ただ学問を勤めて物事をよく知る者は
貴人となり富人となり、
無学なる者は貧人となり下人となるなり。

P.32 学問のすゝめ 三編
一身独立して一国独立すること
第二条 内に居て独立の地位を得ざる者は、外に在って外国人に接するときもまた独立の権義を伸ぶること能わず。

独立の気力なき者は必ず人に依頼す、
人に依頼する者は必ず人を恐る、
人を恐るる者は必ず人にへつらうものなり。
常に人を恐れ人にへつらう者は次第にこれに慣れ、
その面の皮鉄の如くなりて、
恥ずべきを恥じず、
論ずべきを論ぜず、
人をさえ見ればただ腰を屈するのみ。
いわゆる習い性となるとはこの事にて、
慣れたることは容易に改め難きものなり。
(略)
実に無気無力の鉄面皮と言うべし。

※注:権義

権理通義の四字を略して、ここにはただ権義と記したり。いずれも英語の「ライト」という字に当る。

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