学問のすゝめ
ニートやワーキングプアに対して一万円札はこう諭す。
人は生まれながらにして貴賎貧富の別なし。ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり。
これが「自由」ということだ。自分で人生を選ぶ権利だ。
およそ百四十年前、『学問のすゝめ』が著された明治四年とは、このような時代だった。
既に平民へ苗字乗馬を許せしが如きは開闢以来の一美事、士農工商四民の位を一様にするの基ここに定まりたりと言うべきなり。されば今より後は日本国中の人民に、生まれながらその身に附たる位などと申すは先ずなき姿にて、ただその人の才徳とその居所とに由って位もあるものなり。
ようやく、「自由」が獲得され始めた時代だったのだ。
さて、はるかに豊かになったこの平成の世において、君たちは何を社会のせいにしたいのかな?
蟹工船を読んで日本共産党に入党する馬鹿はどこのどいつだ?
「誰か」のせいでもないし、「誰か」に助けてもらうのでもない、君は「自分」で人生をどうにかしなければならない。
諸君は「自由」という言葉の意味を噛みしめ給え。
お断り:
日本語の「ニート」はおおむねネガティブな意味だが、「本来のNEETの定義に合致し、かつ前向きに努力しているような方」を私は応援する。例えば起業準備中の人間はNEETになる。ワーキングプアも、それが悪いことであるとは思わない。本人が気にしなければ人が哀れむ由もない。この文章は「自らニートやワーキングプアである現状に不満を持ち、しかも自分のせいだと考えないような人間」に対して書いた。職が欲しい、あるいは今より高い賃金が欲しいのであれば、自分の価値を高める努力をすべきだ。資本主義社会は価値ある人間を必要とする。そして自分に価値がないのは自分の責任だ。


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