Archive for July, 2008

Only the Paranoid Survive: インテル戦略転換

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Saturday, July 19th, 2008

インテル戦略転換 アンドリュー・S. グローブ (著), Andrew S. Grove (原著), 佐々木 かをり (翻訳) これはインテルという会社の戦略についての書ではない。 産業の基礎的競争要因を変えてしまう「10Xの変化」により突きつけられる「戦略転換点」に立ち向かう経営者が何をすべきか説いた書だ。

Tale of Galapagos: 「国民機」PC9801と「黒船」DOS/V

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Saturday, July 19th, 2008

近頃はiPhoneが脅威だとか、黒船だとか、あるいは日本の携帯は「ガラパゴス」のように独自の進化を遂げていてすごいからiPhoneなど脅威ではないとか、いろんな議論があるようだな。

Manipulated: 統計(笑)

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Thursday, July 17th, 2008

「企業の調査結果」は、パブリッシュメントされたその時点で所謂「二次ソース」だ。 企業に有利なバイアスがかかってる可能性が高いし、 調査の質にもバラつきがある。 その「統計的な数字」に乗っかると企業の思う壺だから、 原則疑ったほうが良いぜ、ベイビー★ via: 調査会社出身の私が、WEB上の数字について一言★ - Out of Order.

Commitment: 会社観

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Wednesday, July 9th, 2008

ある人の発言。 自社の発展を誇りに思う感覚が理解できない。 会社は潰れるのが当たり前の時代。 もはや終身雇用の時代でもない。 彼はY世代、就職氷河期世代だ。言わんとすることは分かる。しかし私の考えは違う。

Management Revisited: 経営の未来(再)

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Monday, July 7th, 2008

あっさり前言撤回しよう。 ここに大きな違和感を感じるのだ。人が人を統べる方法において古代も現代もあるものか。古代ギリシアの政治や軍隊組織よりも、現代のわれわれはよりよく組織運営している、などと無邪気に信じるとすれば進歩主義の浅薄さも極まったものだ。 via: analog | Progressive Management: 経営の未来 ゲイリー・ハメル氏は、じつは「人が人を統べる」ことを否定しようとしている。経営学の教授でありながら。 だから、私の理解が誤っていたのであって、改めて読んでみると、なるほど興味深い主張に彩られているのだった。

Argument: ダメな議論

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Sunday, July 6th, 2008

ダメな議論―論理思考で見抜く 飯田 泰之 (著) ■コールドリーディングという説得術 宗教家や占い師が何の準備もなしに初対面の人の性格や悩みを言い当て、過去から現在、そして未来を読むことを指します。(略)コミュニケーションの中で「性格や悩みを言い当てられたと思わせ」「相談者の過去・現在・未来を透視できるかのような印象を与える」技法、そしてその結果として他社を説得し誘導する技術をコールドリーディングと呼ぶようです。(p.28)

Critical Writing: 2週間で小説を書く!

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Thursday, July 3rd, 2008

2週間で小説を書く! (幻冬舎新書) 清水 良典 (著) 清水氏は多くの作家志望者を指導した経験にもとづき、陥りがちな落とし穴を教えてくれる。  谷崎潤一郎の名作『細雪』が超豪華な配役と絢爛豪華な衣装で映画化されたとき、試写を見た谷崎夫人(『細雪』の主要人物、幸子のモデルである)の洩らした感想は、わたしたちの頃は畳のへりを踏まなかったですね、という一言だけだったという。  細部は怖い。 「文章の細部の怖さ」よりも、谷崎夫人の怖さが伝わってくる、、、というのは冗談だが、じつに「細部」は怖い。後述の『アフターダーク』(村上春樹)ではITエンジニアが登場する。私は元ITエンジニアとして、ほんのわずかな違和感でも見逃さなかっただろう。しかし、何も違和感が無かった。専門的なことを書いて「ボロ」が出ないのはプロの仕事だ。相当な取材の裏づけがあるのだろう。 小説というものはふだん書くのと同じ文章で書かれているのだが、架空の「目」から書くという、ふだんの言葉の使い方とはまったく異なる奇妙な語り方をしているわけである。その「目」の設定をとりあえず決めないことには、一行も書き出せないものなのだ。 なるほど、言われてみれば、たしかにそうだ。ふだんの文章の書き方ではない。 「目」といえば村上春樹の『アフターダーク』が面白い。次のように評する人がいる。 ここで大切なのは、視点が三人称全知であることではなく、カメラなのだというところにあるのだと思う。上で「カメラのような全知的な視点」と書きましたが、むしろここで強調されるのは「カメラ的な視点の限界」と言うべきものです。 via: 村上春樹『アフターダーク』 「目」の描写が独特で引き込まれる。一方、会話の部分では会話に没頭する。客観的な視点の部分と、会話の部分が交互にあらわれ、構成にリズムが生まれている。適度な緊張感を保って最後まで読むことができる。 ■描写  小説を書くのに最も大切な書く力とは、具体的な人物や行動や風景を、目の前にあるかのように再現する力、すなわち<描写>の力である。 「孤独の極致」を言葉にしてしまうのは最悪だし、「気持ち」を直接説明する表現はたいてい小説には必要ない。こういう文章を書くことなく、人物の孤独な気持ちが読み取れるように場面や言動を書くのが小説である。 なるほど。これは知らないと陥り易そうだ。気持ちを「記述」してしまいそうだ。自分では「より正確に読者に伝えたい」と思って。つまり、それが「描写」だと誤解して。 小説には非日常的な事態や出来事が起こる。しかしそのためにはその手前の「日常」がしっかりと描けていなければならない。 言われて気づく。たしかに、いきなり「事件」から始まる小説は、感情移入する前に話が先に進んでいってしまう。読者を置き去りにする感じ。 ■小説の魅力 ものの見方と考え方、それを書く文章の語り口が独自であること。つまり、文体が個性的であることだ。それが小説の魅力の第一だと私は思う。 同感だ。世界観×文体。 ■完成 「完成」とは、幻想である。 完成させる、のではなく、終わらせると考えるほうが実際的である。 たしかにそうだ。これは小説に限らない。ほとんどの創造的な仕事について言えることだろう。私の体験では、ビジネス上の資料。ちなみに、「リリース(release)」という言葉には「手放す」という意味がある。 クリエーターであると同時に批評家であること。それはどんな作家にも、音楽家にも、とにかく何かを表現しようという人間には不可欠な要素だ。 自分の創作物を、客観的に批評する能力。これが最も難しく、プロとアマを分けるのだろう。 See also: Writing School: 一億三千万人のための小説教室

Propotional: 比例、反比例、相関係数

̃Gg[܂ނ͂ĂȃubN}[N Tuesday, July 1st, 2008

ビジネスマンのなかには「比例」「反比例」という言葉を安易に使う人がけっこういます。実際には「相関」「線形従属」の誤りだったりします。まあ「比例」と「線形従属」の混同は構いません。問題は「比例(ただし係数が負)」と「反比例(xの-1乗に比例)」の区別がついていない人。xを増やしていくと誤りに気付くことになるでしょう。 きちんと数学を勉強していないと「ロングテール」という言葉だけなんとなく知って「ベキ分布」と「反比例」の区別ができなくなってしまいそうです。 私自身は「比例」「反比例」などの言葉を使うときは、その根拠として数学モデルや、そのモデルのための仮説まで説明するのが良心的な態度だと思います。つまり、それだけの覚悟をしないで「比例」「反比例」といった数学用語を使わないようにしています。 私は「相関」という言葉ならよく使う。相関係数が正とか負とか言ってれば、数学的な「間違い」にはならない。ただ「相関」は通じない事もある。そこでも、やはり「比例」などとは言わずに「右上がり」「右下がり」と言う。関数形のおおまかな傾向だけ。それが安全。 教訓 比例と指数関数の区別がつかない人に金利計算をさせてはいけない。 反比例と指数関数の区別がつかない人にロングテールを語らせてはいけない。 See also: 比例 - Wikipedia