Ponyo: 崖の上のポニョ(1)
それと知らず公開初日に六本木ヒルズのTOHOシネマズ(スクリーン7)で観た。
「崖の上のポニョ」は尋常ではなく文学でありアートである作品だった。たかだか子供向け娯楽映画だと思って観る人の多くも、そのことに気づくだろう。ただ、表現する言葉を持つ人は少ないのかもしれない。映画の視聴体験が多く、感想を言える人はたくさんいるだろうが、アートを自分の言葉で語ること(アート・リテラシー)はそれほど普及していないから。だから、「なにかすごいものを観た」といった感想になっても、それ以上の具体的な言葉にならないのだろう。
そして、それはとても良いことだと思う。それをなんとか言語化しようという努力。すごく面白かったけど、その面白さの正体はなんなのかという自省。それが批評であり、アート・リテラシーの育成だろうと思う。自分自身の感性を一つ上に引き上げてくれる作品だ。こんなものが全国の映画館で観られるというのは、とんでもないことだと思う。
だから、「崖の上のポニョ」は、文学やアートへの感受性によって楽しむと、より楽しめると思う。論理的に分析せず、ただ「面白がって」観ること。そして、観たあとは、何がどう面白かったのか、「なぜ」「なぜ」と自分の感性を深く掘り下げてみるといいと思う。
私自身も改めて批評してみたいと思う。こんなに面白いものはしばらく観なかった。フレデリック・バック「木を植えた男」を観たときに通じる。もう、大変なものを観たと。
この映画を観る上での唯一の注意点。大人の常識で観ないこと。宮崎さん(監督)が五歳の子供に向かって(あるいは五歳の子供に「なって」)「こっちにおいでよ」「一緒に遊ぼうよ」と言ってるのだから、自分も五歳の子供になって「ただ、おもしろがる」ことを心がけて観てほしい。それが、これから観ようとする人への唯一のお願い。


5 Responses to “Ponyo: 崖の上のポニョ(1)”
By Aurelia on Aug 6, 2008 | Reply
思想の無い現代芸術はありません 笑
「ただ、おもしろがる」ことは
芸術の見方ではありません。
By hidetox on Aug 7, 2008 | Reply
コメントありがとうございます。おっしゃる意味はわかります。対立していないのではないでしょうか。「ただ、おもしろがる」のちに、分析的に批評することも同じく大事であると書いています。
> 論理的に分析せず、ただ「面白がって」観ること。そして、観たあとは、何がどう面白かったのか、「なぜ」「なぜ」と自分の感性を深く掘り下げてみるといいと思う。