Amazing: とてつもない日本
吉田茂の孫は確信を持って我々に語りかける。顔を上げろ。日本人であることを誇りに思おうじゃないか。我々の未来は明るいんだと---。
平成十七年、日本のODA(政府開発援助)により完成したインドの地下鉄を、外務大臣として視察した麻生氏は、地下鉄公団の総裁から次のように感謝されたことを述懐する。
我々がこのプロジェクトを通じて日本から得たものは、資金援助や技術援助だけではない。むしろ最も影響を受けたのは、働くことについての価値観、労働の美徳だ。労働に関する自分達の価値観が根底から覆された。日本の文化そのものが最大のプレゼントだった。今インドではこの地下鉄を「ベスト・アンバサダー(最高の大使)」と呼んでいる---。
私はこの話にいたく感銘を受けた。
地下鉄建設に携わった日本人技術者達の仕事ぶりそのものが、優れた外交官の役割を果たしたのである。彼らはなにも、よそ行きのやり方をやって見せたわけではない。いつものように、日本で普通に行っているスタイルで仕事をしたに過ぎない。しかしそれが、インドの人々には「価値観が覆るほどの衝撃」だったのだ。
このように日本人の潜在力、日本の外交、国際貢献を語る一方で、少子高齢化悲観論を一刀両断する。高齢化を脅威ではなく機会として、より魅力ある国家を作ればよいではないか、と。
年を重ねることは、決して悪いことではない。二十年前の自分、三十年前の自分と、今の自分を比べてみたらいい。どうだろうか。成長している自分を実感するはずだ。私は、老化は退化ではなく、どこまでも進化だと思っている。
「高齢化」を暗黒の未来のように考えることは、実は自分の未来を暗いと考えるのと同じことだ。そんなバカげた考えは、即刻捨てた方がよい、と申し上げたいのである。
いち早く少子高齢化を迎える成熟国家は、文字通り、世界有数もっとも成熟した「かしこい国家」になり得る。世界中の国々が、あのときはどうした、こういうときはどうすればいい、と教えを請いに来る。まるで世界の「長老」のように。そんな可能性を秘めている。
人間は、年をとるほど、賢くなるのだ。
ますます賢く 武者小路実篤
僕も八十九歳になり、少し老人になったらしい。
人間もいくらか老人になったらしい。人間としては少し老人になりすぎたらしい。いくらか賢くもなったかも知れないが、老人になったのも事実らしい。しかし本当の人間としてはいくらか賢くなったのも事実かも知れない。本当の事はわからない。
「活力ある高齢化社会」というビジョンは徹底して明るい。
海外の豊かな高齢者に「老後はどこに住もうか。アジアにジャパンという国がある。そこは平均寿命が世界で一番長いらしい。環境もいいところだ。医療制度もしっかりしている。そして、なんといっても治安がいい。深夜、女性が一人で街を歩けるらしい。しかも、街はきれいで、外国人にも親切らしい。そんな国に住もうじゃないか」といわれるような社会---。われわれ日本人が気付いていないだけで、それができる素地は十分あるはずなのである。
むしろ「明るすぎる」と思うかもしれない。いいではないか。私は政治家には夢を語ってほしい。目先の問題で暗い顔をした政治家など見たくない。それは役人の仕事であって政治家の仕事ではない。
世間の目なんか気にすることはない。いい年してあんなことしてと言われないかとか、これさえやっていれば近所の人から良く言われるんじゃないかといったことばかり考えていたのでは、憂鬱になるだけで楽しく遊べない。
年甲斐もなく・・・・・・とか、いい年こいて・・・・・・などといわれても気にせず、学生時代に乗りたくても買えなかったオートバイを六十歳になってから買って乗り回す。若い人じゃ買えないようなモトグッチとか、ウアンビーンなんていう高級なイタリア製のオートバイを購入して、逃げた女房は忘れて、合コンかなんかで知り合った女性を後ろに乗せて、ダンディにツーリングを楽しむ・・・・・・、そんなことができれば、高齢化社会はバラ色ではないか。
つまり、「悠々自適」なんて言えるカネのある老人には、しこたまカネを使っていただけばよい。元気のある老人には大いに働いてもらって、活力ある高齢化社会を作っていけばいい。そして、何度も言うけれども、本当に恵まれない人たちは、国が責任を持って支えていく。
こういう悠々自適な老人が増えて、楽しく遊んで、たくさんカネをつかってくれれば、世の中は明るくなるはずだ。日本の未来はバラ色だ。
あまり目の前のことに一喜一憂して落ち込んだりくさったりせずに、一緒に「元気な日本」を作って行こうじゃありませんか。

