「歌入れの時間は、たったの30分。そのうちの15分は『ぽっぽぽぽぽぽ…』言ってるだけ。こんなにウケるとは思っていませんでした。宣伝費も当初は5万円しかなく、スタッフは手弁当でステッカーを配り歩いてましたからね」
「売り上げが1000枚見込めなかったら中止しろ、というかわいそうな環境の下で、現場は楽しんで作りました。『ぽっぽぽぽ…』のフレーズも、『あ』から『ん』まで試してみて、やっぱり『ぽっぽぽぽ』だろ、ってことで落ち着きました。若者向けの宴会ソングと思ってほしい」
via: あえて悪ノリで大チュー目、鼠先輩ヒットへの道ノリ
プラスヘッズ『GE』の場合
LARRY(ラリー)とMONICA(モニカ)2人の声優がほとんどのキャラの声を担当。収録当日に打ち合わせをして半分以上アドリブによる掛け合いで声だけ先に録る。
FROGMAN『秘密結社 鷹の爪』の場合
FlashでWEBアニメーション制作を始めた当初、予算と人材不足から作画から声優までほぼすべての工程を単独でやり遂げ、独自の制作スタイルを確立。絵を見てセリフを当てることが苦手なため声だけ先に録るプレスコを導入、予算がないためフリー素材の音楽を使用、複数の作品で同じキャラクターが何度も登場するなど“できる範囲”での量産を実現。広告が入ったプロダクトプレイスとしても作品の世界観が崩れないようにするバランス感覚も秀逸。
via: 『The World of GOLDEN EGGS』臺佳彦&『秘密結社 鷹の爪』FROGMAN 対談/シネマぴあ
See also: analog | Cost-based Value: 創造性の価値
ここには小便器が……無い。
壁。

Waterfall(滝)
2008年
焼結タイル、コンクリート
神宮外苑公衆便所蔵
※インスタレーション(地図)
デュシャンの<Fountain(泉)>は芸術家の創作的要素を一切含まないように見える「既製品の便器」をもってして「作品だ」と提出することによって、いわば「見立て」だけでもアート作品として成立しうるか、という問題提起だった、そういう解釈も可能であろう。
そこには明確に「<これ>が作品である」と提示された<もの(object)>が存在した。
しかし、<滝>とは何か。ここには作品として提示された<もの(object)>が無い。
もはや便器は無いのだ。
とはいえ、たしかに何かが提出されているのは間違いない。それは何か。いわば<状況(situation)>である。ここに作家の問題意識がある。作品は<創作物(production)>であることをやめて、<もの(object)>の「見立て」でも作品であると受容されたが、では<もの (object)>であることすらやめて、<状況(situation)>となることは受容されうるのか。ここに作家から鑑賞者への問題提起がなされているのである。挑戦状と言ってもいいだろう。
あなたはこれを作品として認めるだろうか。
・・・という作品は吾が妄想の産物(production)であるわけだが。
状況の理解は客観的に。統計や論理思考が役に立つ。
十分に注意しなければ「人は見たいものを見る」という認知バイアスに騙されるであろう。
意志の決定は主観的に。哲学や価値観が役に立つ。
十分に注意しなければ「論理的には正しいが、意味はない」という決定をしかねない。
グラフィック、テキスタイル、プロダクト、Web、、、といったデザインの対象による分類ではなく、デザインの方法を分類する試み。
デザインをとりまく主体。
・デザイナ
・クライアント
・デザイン対象
・消費者
・社会
どの主体に答えを求めるか。
・デザイナ自身の自己表現としてのデザイン
=表現型(フィリップ・スタルクのレモン・スクイーザー)
・クライアントの中に答えを見出すデザイン
=問診型(佐藤可士和の明治学院大学)
・デザイン対象そのものから答えを見出すデザイン
=べき型(山中俊治のSuicaタッチパネル)
・消費者に答えを見出すデザイン
=需要型(坂井直樹のBe-1)
・社会に答えを求めるデザイン
=環境型(ナガオカケンメイのSAMPLING FURNITURE)
あるいは、どの関係性に答えを求めるか。
・クライアントとデザイン対象との関係性に答えを求めるデザイン
=らしさ型(佐藤卓のグリーンガム)
・クライアントと消費者との関係性に答えを求めるデザイン
=コミュニケーション型(佐々木宏のソフトバンクモバイル)
・クライアントと社会との関係性に答えを求めるデザイン
=レゾンデートル型(中西元男のINAX)
・デザイン対象と消費者との関係性に答えを求めるデザイン
=ありそうでなかった型(深澤直人の壁掛式CDプレーヤー)
・デザイン対象と社会との関係性に答えを求めるデザイン
=定番型(柳宋理の調理器具類)
・消費者と社会との関係性に答えを求めるデザイン
=スタイル型(ジョルジオ・アルマーニのARMANIブランド)
もちろんデフォルメしてある。試案として。
吉田茂―尊皇の政治家 (岩波新書 新赤版 (971))
敗戦から新憲法制定まで、その後の日本を決定づける期間に、GHQ、アメリカと「戦った」尊皇・保守の政治家。
彼が日本の国体を維持するために、どれほどの労力を払ったか。たしかに完璧な憲法ではない。国体は、かなり破壊された。日米安保条約も完璧ではない。しかし、相手あってのことだ。戦勝国アメリカの意向あってのことだ。敗戦国であり占領下にある国の「自主制定憲法」としては、最善を尽くしたものだといってよいと思う。なによりも天皇制を維持した点は最大の成果だ。(昭和天皇の人柄がダグラス・マッカーサーを感動させ、彼を天皇制維持論者へ変えさせたことも大きな要因だが)
安保の交渉においては、おそらく心労からか、最後まで戦いきることは出来なかったようだ。講和・安保両条約調印会議へ当初は欠席する意向だったとか。さらには、天皇認証形式の全権委任状について、その様式までもアメリカの了解を得ようとするありさま。独立回復への気概は失われている。しかし、一人の人間が背負い込める責任をはるかに超えていた。彼を責める事は出来ない。独立回復への道筋がついた時点で、彼の中の何かが切れてしまったのだろう。
その後、吉田は政権を失う。吉田にとって最大の誤算というか、政治家としての弱点は、政党政治に順応できなかったことだろう。成果と失脚。ともにワンマンならではのものだった。
彼をワンマンたらしめた理由は生い立ちにあるだろう。本書はそこに踏み込んでいるが、吉田茂という複雑な人物は、なかなか容易に理解できない。
彼は完璧ではなかった。苦悩し、疲れ、間違えた。だからこそ魅力がある。親近感がある。同じ人間なのだと感じる。その、同じ人間が、どのような深い苦悩と戦ったのか。私はもっと知りたい。
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戦後60年、様々な史実が明らかになってきた。日本国憲法とは、法律学の素人がでっちあげた、日本人をふたたび欧米の脅威としないための、つまり換骨奪胎するための、米国から押し付けられた法律だったということは、もはや常識になりつつある。
日米安保条約は、憲法九条から生まれた必然だ。米国は間違いを犯したともいえる。日本が再び脅威とならないように「平和憲法」を押し付けた。その直後、共産主義の脅威から日本をアジアにおける反共闘争の拠点と位置づけ、米軍の重要な拠点とした。日本の戦後における混乱に乗じた「共産革命」を恐れ、あるいは北朝鮮やソ連の脅威から「自衛」をするために再軍備を迫った。ならば最初から「平和憲法」を押し付けたのは間違いだった。とはいえ、ドイツが第一次世界大戦から、わずかな期間で再び世界大戦の口火を切ったことを考えると、当時の感情として、日本に再軍備を許すのは無理だったのだろう。それが合理的判断ではなかったとしても。
この「平和憲法」と「安保条約」について、日本は、そろそろ舵を切るべきではないだろうか。
『とてつもない日本』 麻生太郎 著
吉田茂の孫は確信を持って我々に語りかける。顔を上げろ。日本人であることを誇りに思おうじゃないか。我々の未来は明るいんだと---。
平成十七年、日本のODA(政府開発援助)により完成したインドの地下鉄を、外務大臣として視察した麻生氏は、地下鉄公団の総裁から次のように感謝されたことを述懐する。
我々がこのプロジェクトを通じて日本から得たものは、資金援助や技術援助だけではない。むしろ最も影響を受けたのは、働くことについての価値観、労働の美徳だ。労働に関する自分達の価値観が根底から覆された。日本の文化そのものが最大のプレゼントだった。今インドではこの地下鉄を「ベスト・アンバサダー(最高の大使)」と呼んでいる---。
私はこの話にいたく感銘を受けた。
地下鉄建設に携わった日本人技術者達の仕事ぶりそのものが、優れた外交官の役割を果たしたのである。彼らはなにも、よそ行きのやり方をやって見せたわけではない。いつものように、日本で普通に行っているスタイルで仕事をしたに過ぎない。しかしそれが、インドの人々には「価値観が覆るほどの衝撃」だったのだ。
このように日本人の潜在力、日本の外交、国際貢献を語る一方で、少子高齢化悲観論を一刀両断する。高齢化を脅威ではなく機会として、より魅力ある国家を作ればよいではないか、と。
年を重ねることは、決して悪いことではない。二十年前の自分、三十年前の自分と、今の自分を比べてみたらいい。どうだろうか。成長している自分を実感するはずだ。私は、老化は退化ではなく、どこまでも進化だと思っている。
「高齢化」を暗黒の未来のように考えることは、実は自分の未来を暗いと考えるのと同じことだ。そんなバカげた考えは、即刻捨てた方がよい、と申し上げたいのである。
いち早く少子高齢化を迎える成熟国家は、文字通り、世界有数もっとも成熟した「かしこい国家」になり得る。世界中の国々が、あのときはどうした、こういうときはどうすればいい、と教えを請いに来る。まるで世界の「長老」のように。そんな可能性を秘めている。
人間は、年をとるほど、賢くなるのだ。
ますます賢く 武者小路実篤
僕も八十九歳になり、少し老人になったらしい。
人間もいくらか老人になったらしい。人間としては少し老人になりすぎたらしい。いくらか賢くもなったかも知れないが、老人になったのも事実らしい。しかし本当の人間としてはいくらか賢くなったのも事実かも知れない。本当の事はわからない。
引用:analog | Look Forward: ますます賢く
「活力ある高齢化社会」というビジョンは徹底して明るい。
海外の豊かな高齢者に「老後はどこに住もうか。アジアにジャパンという国がある。そこは平均寿命が世界で一番長いらしい。環境もいいところだ。医療制度もしっかりしている。そして、なんといっても治安がいい。深夜、女性が一人で街を歩けるらしい。しかも、街はきれいで、外国人にも親切らしい。そんな国に住もうじゃないか」といわれるような社会---。われわれ日本人が気付いていないだけで、それができる素地は十分あるはずなのである。
むしろ「明るすぎる」と思うかもしれない。いいではないか。私は政治家には夢を語ってほしい。目先の問題で暗い顔をした政治家など見たくない。それは役人の仕事であって政治家の仕事ではない。
世間の目なんか気にすることはない。いい年してあんなことしてと言われないかとか、これさえやっていれば近所の人から良く言われるんじゃないかといったことばかり考えていたのでは、憂鬱になるだけで楽しく遊べない。
年甲斐もなく・・・・・・とか、いい年こいて・・・・・・などといわれても気にせず、学生時代に乗りたくても買えなかったオートバイを六十歳になってから買って乗り回す。若い人じゃ買えないようなモトグッチとか、ウアンビーンなんていう高級なイタリア製のオートバイを購入して、逃げた女房は忘れて、合コンかなんかで知り合った女性を後ろに乗せて、ダンディにツーリングを楽しむ・・・・・・、そんなことができれば、高齢化社会はバラ色ではないか。
つまり、「悠々自適」なんて言えるカネのある老人には、しこたまカネを使っていただけばよい。元気のある老人には大いに働いてもらって、活力ある高齢化社会を作っていけばいい。そして、何度も言うけれども、本当に恵まれない人たちは、国が責任を持って支えていく。
こういう悠々自適な老人が増えて、楽しく遊んで、たくさんカネをつかってくれれば、世の中は明るくなるはずだ。日本の未来はバラ色だ。
あまり目の前のことに一喜一憂して落ち込んだりくさったりせずに、一緒に「元気な日本」を作って行こうじゃありませんか。