To Educate System Architects: 手を動かさねば物は出来ぬ
実際に動くものをつくる能力とは何か。
もっとおどろいたことに、工学や物理の知識のない学生がいとも簡単に完全に機能するシステムを設計して、実際に動かして見せた。形を考え、造形し、機能を考え、実装し、マイクロチップの回路を設計し、プログラムする。20世紀のメーカーであれば、「製品の考案者、設計担当、製造担当からなるチームのメンバーが仕事を分担する」(ガシェンフェルド、16ページ)。すべての仕事をひとりでこなせるメンバーはいない。ところが、「(ほぼ)あらゆる物を作る方法」の授業をうけた学生は、すべてをマスターしていった。
via: xtel Theory: Design Theory of Ubiquitous Content: 第2講 インタラクションデザインの歴史 その1
18歳の高専生のほうが21歳の大学生より良いロボットや電子回路をつくることなどザラだろう。
平均的な高専生は、平均的な工学部大学生よりも「ものづくり」の能力が高いよ。
ここでいう「ものづくり」とは「実際にうごくシステム全体をひとりで設計して作り上げる」ことだ。
「実際にうごく」「システム全体」「ひとりで設計」というポイントで考えたときに、実力差は歴然。
これ当たり前っていうか、高専っていう教育システムは教科書、理論重視の「専門バカ」ではなく、現実主義・懐疑主義(理論が現実に即さなければ理論を捨て現実に対処する)の「現場エンジニア」をつくるための教育システムだからな。
もともと戦後に大量の技術者を必要とする産業界の要請、国策で都道府県に1つずつ設置されたという経緯のある学校だ。
参考:高等専門学校 創設までの経緯(Wikipedia)
大学では「産業界で実際にもとめられる技術者の輩出」という機能をはたすかわりに、教授のコピー(院にすすんで将来は研究者)をつくるような教育。理論偏重だよ。
「手を動かす」ことをバカにするような連中はダメだね。MITを見習って、エリートが工作機械を使って油まみれになれるか。むしろエリートこそ国策により教育されている(その金はどこから出るか?税金だ)という責任感を持って学び、それを教える教育者も国家への貢献という観点を忘れないでもらいたい。
といいつつ、ふざけた財務省がいるわけですが。
試案は、授業料を私立大並みに引き上げることで約2700億円、大学設置基準を超える教員費を削ることで約2500億円の財源を確保できるとしている。「義務教育ではないので、一般的な教育自体のコストを(税金で)補填(ほてん)することには慎重であるべきだ」とし、「高等教育の機会均等は、貸与奨学金での対応が適当」とした。
アホかと。
via
日本終了のお知らせ、か。まあ、日本は国際人権A規約の高等教育無償化条項の批准を留保していたからこうなるのは目に見えていたのだが、しかしここで「自己責任」「受益者負担」的な考え方を持ち出すとは予想外だった。

