Never Be Perfect: やるべきことをやりきる

このエントリーを含むはてなブックマーク May 15th, 2008 | posted in philosophy, literacy, marketing |

「完璧な仕事」と「失敗が無い」ことはイコールではないですね。完璧な仕事をして、失敗することがある。「不可避な失敗」が存在する。いいかえると、私の考えでは「完璧な仕事」を「結果としての失敗のないこと」で定義するのは誤り。重視すべきは結果ではなく過程のほう。

実は過去のケースもホワイトバンドと大差無い甘い見通しでやってきていたが規模が小さかったから偶然うまくいっていただけの話で、ホワイトバンドでは規模を大きくしたために根本的な問題が顕在化した、とかそういう話だったりしたら嫌だな、と。いや、工学分野における失敗学の嚆矢とされる 橋はなぜ落ちたのか とゆう本に失敗のパターンとしてそういう例が挙げられてるんです。

via: raurublock on Hatena

「規模を拡大することで、潜在的な失敗要因の影響が閾値を超えて、失敗が実現してしまった」というパターンだとしたら、該当するかもしれませんね。

ただ、それが分かったとして、回避できない。

その本をまだ読んでいないので想像ですが(いま買いました)、この紹介文「橋はなぜ落ちたのか 設計の失敗学、ペトロスキー」を読む限り、「未知の失敗は回避不可能」だ、という主張なのかなと。私もそう思います。

失敗のない――過去の成功モデルは、設計が完全であることを証明しない。なぜなら、潜在的な失敗要因が、まだ経験されていない条件によって引き起こされるかもしれないからである。

そもそも「潜在的な失敗要因」すべてを網羅できない。また、「経験されていない条件」が多すぎる。マーケティングは社会科学であり、厳密な実験ができない。同一条件を再現することができない。再現性が無い。だから、未知の失敗が起こる可能性が残ってしまう。

架空の失敗例で説明を。

テレビCMを開始した直後に、そこに出てくる表現が不適切になってしまうような事故。CM中で地震の場面がコミカルに使われており、実際に大地震が起こる。こんなの予測不可能。「そういう事例があったなら、地震はネタにしなければいい」って? 映画「ジョーズ」にかけてサメが襲ってくるCMを作ったら、人が実際にサメに襲われて死亡した。これでも「事前に回避可能」でしょうか? そういう事故をネタにするからダメ? かわいい赤ちゃんが出てくるCMを流していたら、その親が殺人事件を起こした。これ想定可能?

論理的にいってマーケティングには「失敗をゼロにできない」という宿命がある。だから残念ながら「完璧な仕事」が「失敗ゼロ」を保証しない。

ここで、実践者としては一種の諦め、達観が必要でしょう。

やるべきことはすべてやる(=完璧な仕事をする)けれど、しかし結果が失敗に終わるかもしれない(=結果としての失敗)。ただ、それは仕事そのものの良し悪しに、なんら影響をあたえるものではない。結果の失敗があったとしても、「完璧な仕事」のやり方を改める必要はない。

このことを昔の人は「人事を尽くして天命を待つ」と言ったのです。

蛇足:

人間の「後知恵バイアス」はものすごく強力でやっかいだと自覚しない限り、さも「わかったふう」になって、自分はそんな失敗しないと思い込んで、失敗しちゃう。人間って浅はかなので。

詳しくは「まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか」参照。

この本はことあるごとに紹介することになると思う。というかサイドバーからリンクすべきだと思った。


  1. 2 Trackback(s)

  2. May 15, 2008: analog | Error and Failure
  3. Jun 15, 2008: analog | Confident: やりきる

Post a Comment