活動主体のNPOよりも、その大規模な展開に協力したPR会社サニーサイドアップについて、思うところがある。叱責と同情。PRの専門家でありながら、もっともやってはならない「情報発信や活動へ対しての批判」を呼び起こしてしまった点。および本業ではない赤字の社会貢献事業における過失だった点。
ホワイトバンドプロジェクト(THE WHITEBAND PROJECT)は、日本においては特定非営利活動法人ほっとけない 世界のまずしさが主催するキャンペーン。
# 政策提案とその支持収集が本来の目的だが、そのことがテレビコマーシャルやその他の宣伝活動内で十分に説明されているといえず、貧困の様子を前面に出して感情論的になっている(それが貧困救済募金と誤解させる要因にもなっている)。
# ホワイトバンドの価格が他国の同活動の約3倍(Tシャツも同様)で、価格構成が不自然。また、「意思を表明するのは、日本で販売されている”ホワイトバンド”ではなく、身近にある白い布や白いひもでもよい」とされていることに対しての説明が、当初より行われなかったこと。
# 『バンドの売上使途を曖昧にし錯誤するよう誘導している』との指摘。
PRの専門家でありながらリスクマネジメントが甘かった。PRにおいて発信した情報や活動への批判を避けるのは大前提だ。そのうえに良好なイメージを形成し、有益な情報を提供するという機能がある。こういう「事故」があってはならないのだ。
マスメディアを通じた情報発信という切れ味鋭い刃物には利便性と危険性の両方がある。使い方を誤ったら怪我をする。PRという仕事のまさに根幹部分だ。マスコミュニケーションの設計。マスにどう受け止められるか。これを考えるのがPR会社だ。そこで失敗するなんて、PRの専門家としてどうなんだ。
事前のリスク想定が甘かった。厳しいようだが、それを専門とし、マスコミ上を活動の場とする専門家だから、あえて言いたい。
さらには、この一件により、類似の活動(売上を募金ではなく政治資金にする)への風当たりが少しきつくなった気がする。「またホワイトバンドみたいなのが出てきた」という見られ方をする。まあ、これを「責任」などといって追及するのは筋違いなので、あくまで個人的に「残念」なだけだが。
日本におけるホワイトバンド
日本では、「特定非営利活動法人ほっとけない 世界のまずしさ」が中心となって、NGOのメンバーによって組織された『「ほっとけない 世界のまずしさキャンペーン」実行委員会』が中心となり、運動のシンボルであると委員会が定義づけたゴムのリストバンドの販売などを行なっている。
販売・PRに関して、ノウハウをまったく持たず、資金も持たなかったNGOに対し、「株式会社サニーサイドアップ」が、善意より協力している。
元々は、中田英寿らスポーツ選手、乙武洋匡などのマネージメントをしている「株式会社サニーサイドアップ」の次原悦子社長が、ネットで偶然イギリスのクリッキング・フィルム(ウェブサイト上のPR動画)を見て日本の活動への協力を思いつき、自社の資金を投入して、ホワイトバンドを中華人民共和国の工場で生産する道筋をつけ、20年かけて培ってきたノウハウや、人脈を活かして、PR戦略をプランニングしたそうである。自社に所属するスポーツ選手や文化人にも参加を呼びかけ、スポーツ選手らはノーギャラで活動をPRしたが、ホワイトバンドの売り上げのうち、製造原価や流通経費などの必要経費を除いた分はすべて、NGOの政治活動資金となったため、サニーサイドアップは多額の赤字を出したという(GQ JAPAN 2005年10月号のインタビューより)。
とてもいいことをしたのにな。
中小企業にとって「私財を投じる」なんて簡単なことではない。なかなかできることではないよ。尊敬する。
だからこそ、批判されるような「やり方」をしてしまったことについて、残念でならない。
「結果」の失敗でどうこう言っているのではない。やろうと思えば回避できたであろうその道の「プロ」だったからこそ、「過程」の失敗、つまり「やるべきことをやらなかった」ことが残念なのだ。過失、といっていいだろう。
もちろん、本業でない赤字の社会貢献活動に投じられるリソースには限りがある。社長はじめ優秀なスタッフが様々なリスクと打ち手を検討する時間というリソース。これを十分に確保できたかというと難しかっただろう。
だが、それにしても、なんとも、もったいないことをしたな、と思うのだ。
本来ならば「とても良いことをした」と賞賛されるべき活動だからだ。
さらには、それに続く営利企業も出てくるはずだったからだ。正義感から採算度外視での非営利活動に取り組む企業。そのなかで優れた企業は採算ベースに乗せることもできただろう。そういった風潮、文化、経済の流れを作ることができたかもしれない、偉大な取り組みだったのだ。
その「実現しなかったもう一つの歴史」に思いを馳せるとき、実現してしまったほうの歴史について、その過程における過失も含めて、なんともやるせない気持ちになるのだ。
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ピンバック by analog | Public Relations: コミュニケーションのリスク — 7月 30, 2008 @ 11:23 am