Integrity / Ethics / Aesthetics

このエントリーを含むはてなブックマーク May 10th, 2008 | posted in philosophy, society, design |

「いい仕事」は大事だ。しかし、残念ながら、それが「ヒットの秘訣」にはなっていない。

彼らは立ち上げ(シード)段階で素晴らしい仕事をしたようだ。
その仕事は素晴らしいが、しかし、結果としての成功は、
実力よりも運や「まぐれ」によるところが大きい。
(「結果」によって「過程」の良し悪しを評価してはならない)

analog | Create to Develop / Random to Sure

「いい仕事」をしなくてもヒットしてしまった事例を数えてみればいい。それだけ反例があるのに「ヒットの秘訣」というのは統計的にいって「間違った議論」だ。標本抽出だって困難だし、全数調査もできないだろう。つまり現代の科学では妥当な議論ができないだろう。(相関関係ですら。ましてや因果関係など)

成功要因の分析結果を見れば、たしかにいくつも成功の要因があっただろうって? 成功事例の分析なんてものは「後知恵バイアス」によって「でっちあげ」られたものでしかない。人の脳みそは過去についてあれこれとでっちあげるようにできている。

控えめに言って「いい仕事をしたほうが成功確率が(多少は)上がる(かもしれない)」だし、はっきりいって「そんなのは気のせい」だ。

※疑問のある方は「まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか」を読むべきだ。

では、「いい仕事」には、意味がないのか?

私は、そうは思わない。

私は「いい仕事」が好きだ。好みの問題だ。思想の問題だ。経済合理性ではない。

世の中が「いいもの」であふれて欲しい、そういう「願い」だ。

安売りの商品や仕事には暗に「こんなもんでいいでしょ?」というメッセージが発せられているような気がしてならない、一方に丁寧に時間と心がけられた仕事がある。素材の旨味を引き出そうと、手間を惜しまず作られる料理。表には見えない細部にまで手の入った工芸品。一流のスポーツ選手によるすばらしいプレイに、「こんなもんで」という力の出し惜しみは無い。このような仕事に触れるとき、私達は嬉しそうな表情をする。それは「あなたは大切な存在で、生きている価値がある」というメッセージを受け取るからだ。

小説の森 - 【西村佳哲】 自分の仕事をつくる

人は「いいもの」を通じて「いい仕事」を読み取り「自分は大切な存在で、生きている価値がある」と感じることができるのではないか。

だとするならば、世の中が「いいもの」であふれることは、みんなが身の回りで「いい仕事」を感じる機会に囲まれて生きていける、ということだ。

そんな世の中にしたいじゃないか。

語弊はあるが、あえて言えば「いい仕事をする」というのは企業倫理の範疇のことなのだ。カネだけではない論理、つまり「倫理」で動けるかどうかの問題だ。カネの論理ならば「売れればいい」となり、できるだけ「コストを削減」して「利益を最大化」するのが正しい、ということになってしまう。

そこに必要なのは会計、財務、経済学、工学、科学といったものではない。

倫理、哲学、思想、宗教といったものだ。

突き詰めれば、経営の「美学」だ。

よって、私は「経営とは経営者の全人格をかけた自己表現」と考えている。


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