Media Literacy
ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね): 「コンビニ受診」という言葉を知って、あれこれ考え込んでしまいました。
私は、この「コンビニ受診」という言葉を今まで知りませんでした。なんとなく下品なネーミングではあるな、とは思うものの、それはある部分では事実を示す言葉でもあるのかもしれません。私は、病院に行くのを躊躇してしまいがちなタイプですから、へえ、そんな人もいるんだなあ、でも、そういう人はいるだろうな、という感想を持ちましたが、しかし、それが社会問題として、キャッチーなネーミングとともに社会面で語られる感じには少し違和感を持ちました。
(略)
「コンビニ受診」が示すような人は、どんな社会でもどうしようもなくいると思うんですよね。それを「コンビニ受診」と名付けることで、そういう人を社会から完全に排除しようという方向に物事が動くような気がします。そうなると、どういうことが起こるか。それ、コンビニ受診じゃないの?という相互監視と、コンビニ受診という価値観の肯定の両極しかない状態になるような気がするんですね。本当の解決は、その間にあるような気が、私はしています。
「キャッチーなネーミング」を問題視しても仕方ないのでは?
著者は「某外資系広告代理店のクリエイティブディレクター」とある。ブログで自分の意見を述べられていることからも、プロ意識や職業倫理のしっかりした方なんだろう。好感が持てる。
ただ、自制・自戒の意識が過剰なのではないだろうか、と老婆心ながら感じてしまった。
マスコミではない人間から見れば、そんな心配しなくていいと思う。
「たかがマスコミ」だ。
むしろ「言葉狩り」みたいな自主規制をするほうが公器(メディア)としてイマイチ。
問題がマスコミにあるのは確かだけれど、正すべきは「なんでも二項対立で煽る」という「伝え方」にある。決して「複雑な物事を分かりやすく伝える努力」のあらわれである「キャッチーなネーミング」のほうではない。
むしろ、「キャッチーなネーミング」を封じるということは、ジャーナリズムの咀嚼力・伝達力を封じることになってしまい、よほど問題だ。
問題は、なんでもかんでも二項対立に持ち込むマスゴミ体質の問題。
高い倫理意識を持ったマスコミ業界人には引き続き頑張ってもらいたい。
「キャッチーなネーミング」の腕をどんどん発揮してもらいたい。

