初音ミク現象とハッカー経済学 (lang:ja only)

このエントリーを含むはてなブックマーク October 16th, 2007 | posted in society, Japan, marketing, web |

現在進行中の「ウィキノミクス現象」である、みんな大好き「初音ミク」について。「初音ミク現象」は「ハッカー経済学」で分析できるのでは?というアイデアを提出する。

初音ミク現象

「かさぶた。」は次のように書いた。

ネットで1万人集めたところで「箱の中に300人閉じ込めて作ったFF」の映像美には及ばないでしょう。しかし同時に、ビルに300人集めて、2年や3年働かせたところで、「1万人集めて作ったFF」は生み出せないのです。どちらの『FF』も面白く、そこに優劣は存在しないのです。 (「Web2.0」から「ウィキノミクス」へ)

まさにそういう現象が現在進行形で起きている。「1万人集めて作ったFF」ではなく「1万人集めて作ったバーチャル・アイドルのPV」だ。その一連の創作現象を「初音ミク」現象と呼んでいる。

みずほ情報総研の吉川氏は次のように書いた。

「描いてみた系」によって生み出される素晴らしい画像が次の「歌ってみた系」ので支持されるというコラボレーションを生み出している。特に「可愛すぎるので描いてみた」という作品は「描いていた系」で史上発の30万アクセスに迫る勢いとなりその後の多くの作品で背景画として採用され、愛されている。

素晴らしい作品にインスパイアされてクリエイターが創作意欲をかき立てられるという良いスパイラルが生じて、結果として実際にそれまでよりもハイレベルの作品が生み出されるというのは非常に興味深い。

どうしてこんなに速いスピードで作品の試行・改善・改良が行われていくのであろうか。

次にこうした膨大な試行錯誤をニコニコ動画のように誰か特別な指揮監督者がいない参加者の自発的な意志の元で行うためのポイントとして、作品の構成要素のモジュール化と再利用化が相当に進んでいることにも注目したい。
(初音ミク現象に見る集合知活用型作品開発のポイント)

「初音ミク現象」の一連の創作活動は、個々人が単独で行っているものではない。人の創作をベースに、次の創作がうまれる。「オマージュ」「リスペクト」といったものではない。ある意味では「改善」であり、あるいみでは「盗用」であろう。しかし誰も「盗用」だとして問題にはしない。ここでは「共有」という考えをベースにした「創作の場」「創作の市場」がうまれている。(「ウィキノミクス」の言葉通りだろう)

「創作の市場(バザール)」 ※あえて「バザール」と呼びたい。これは後の話に通じる。

バザールでの創作活動

さて、人々はなぜバザールでの創作活動に参加していくのだろうか?

それを「趣味」で片付けることができるが、ポイントは「バザールという場で作品が共有され、改変され、次の作品が生み出されるサイクル」である。これを、たんなる「趣味」で片付けるには説明不足だろう。趣味性が高いならば、自分自身のこだわりをもとに、一人で完結した物作りのほうが満足度が高いという主張もできるからだ。この主張に対する反論ができなければ、たんに「趣味」で片付けることができない。

吉川氏の文章に象徴的な一文がある。

どうしてこんなに速いスピードで作品の試行・改善・改良が行われていくのであろうか

10年ほど昔、まさに注目され始めたばかりの「オープン・ソース」(Linux,Apacheなど)に対して、シンクタンクなどから出てきた発言が、まさにこれだった。

どうしてこんなに速いスピードで製品の試行・改善・改良が行われていくのであろうか

今回、「初音ミク現象」についてシンクタンク勤務の吉川氏からこういう発言が出てきたのは興味深い。

ここで10年前くらいに盛り上がった議論をひもといてみよう。当時は「オープンソース」という言葉が定着する前で「フリーソフト」とか「ハッカー文化」といった言葉で論じられていた。

ここでかいつまんで紹介する。

  • 結果のみ評価するコミュニティでは、なるべく楽をして結果を出そうとする
  • 共有の伝統・文化においては、白紙から作る意味がない
  • 創作活動の報酬は金銭よりも「評判」

この3点で説明ができる。

「結果のみ評価」と「共有文化」

我々は具体的に現在進行中の「初音ミク現象」を理解するために、いま改めてこれを読むべきだろう。

伽藍とバザール(The Cathedral and the Bazaar)
エリック・S・レイモンド(Eric S. Raymond) 著

何を書けばいいかわかってるのがよいプログラマ。 なにを書き直せば(そして使い回せば)いいかわかってるのが、 すごいプログラマ。
 ―― だからね。すごいプログラマを気取るつもりはないけど、でもそのまねくらいはしたい。すごいプログラマの大事な特徴の一つが、建設的な面倒くさがりってヤツなんだ。評価してもらえるのは結果であって、そのための努力じゃないってのがわかってるってこと。そして白紙から始めるよりは、よくできた部分解からはじめたほうがほぼ絶対に楽。

UNIX界では、ソース共有の伝統のおかげでコードの再利用が昔からとってもやりやすかった(このせいで GNU プロジェクトは、UNIX という OS そのものについては、かなり不満を持ってたんだけれど、ベース OS には UNIX を選んだ)。Linux界は、この伝統を技術的な極限にまでつきつめてる。だれにでも使えるオープンなソースコードが、何テラバイトもある。だからだれかほかの人の、ほとんど使いものになりそうなコードを探すのは、Linux の世界ではほかのどこよりもすごくいい結果をうみやすい。

もう、この2カ所で説明が完了されちゃってる。PERIOD.

それじゃ不親切なので、解説しておこう。

評価してもらえるのは結果であって、そのための努力じゃないってのがわかってるってこと。そして白紙から始めるよりは、よくできた部分解からはじめたほうがほぼ絶対に楽。

そうでしょう? これはプログラミングに限った話ではなく、まさに音楽、映像、その融合した初音ミクPVについて言えることでしょう?

元ネタを作ったヤツも偉いけど、それを組み合わせて、ちょっとだけ自分なりの創作を加えるだけで、すごいものができる。みんな結果を見て評価する。その創作が「ちょっとだけ」であることをあげつらって非難するひとなんて見たこと無い。「結果がすべて」で評価される土壌がある。

ある意味では「努力の過程は評価されない」ともいえる。モノが明らかに莫大な工数を要することが見えるものならば間接的に評価されるのだけれど、目に見えない努力は報われない。これは「努力教」信者にとっては認めたくない話かもしれないけど、事実だ。

そして、これには前提が必要だ。「よくできた部分解」があること。どういうことか?

UNIX界では、ソース共有の伝統のおかげでコードの再利用が昔からとってもやりやすかった。

だれかほかの人の、ほとんど使いものになりそうなコードを探すのは、Linux の世界ではほかのどこよりもすごくいい結果をうみやすい。

ということだ。こういう伝統・文化がコミュニティにあるかどうか。これが「共有と改善による創作のコミュニティ」が生まれる条件になる。

※こちらも参考に:@IT Linux用語事典 > 伽藍とバザール

贈与経済での通貨

共有の伝統・文化があり、結果だけを評価するProsumer(生産者かつ消費者の二面性をもった人々)が集まれば、結果として、どんどん共有・改善されていく条件は整う。これは前の段で述べた。

ただし、もうひとつ「モチベーション(動機)」が必要になる。作る環境はあっても、作る動機がなければ、何もうまれない。

ここで「評判という通貨(reputation currency)」という考え方を紹介したい。

ノウアスフィアの開墾
エリック・S・レイモンド(Eric S. Raymond) 著

「ハッカーの贈与経済は【評判】という報酬によって成り立っている」という考え方だ。

8. 評判のさまざまな相貌

 なぜ仲間内の評判(名声)が勝ち取るに足るものなのかについては、 あらゆる贈与文化に共通する理由がある。

 まず第一にいちばん明らかな点だけれど、仲間内のよい評判はそれ自体が重要な 報酬だからだ。ぼくたちは、まえにふれた進化上の理由から、そう感じるように つくられている(多くの人々は、名声に対する欲求をいろいろ昇華させて、 はっきりした仲間グループと結びつかない「名誉」「倫理的誠実さ」「慈悲」 などにリダイレクトすることを学ぶ。でもだからといって、根っこのメカニズムは 変わらない)。

 第二に、名声は他人の注目を集めて協力を得るのにすごく有効な方法だ (そして純粋な贈与経済では、唯一無二の方法だ)。 もしある人が、気前よく、知的で、公正で、指導力があるとかいったよい資質で 有名だったら、その人と関わりを持つことでメリットがあると他人に説得するのは ずっと簡単になる。

 第三に、もし贈与経済が交換経済や上意下達方式と接触していたり混じり合ったり していた場合にも、評判がそっちに持ち越されて、もっと高い地位を得る役に たつかもしれない。

 こうした一般的な理由に加えて、ハッカー文化ではその特殊な条件のおかげで 「現実世界」の贈与文化にくらべて名声がもっと価値の高いものになっている。

ちなみに、日本語の「尊敬」とも、英語の”respect”とも違って、「評判(reputation)」という言葉。作者と閲覧者だけの「尊敬・評価」という関係に閉じずに、その両者ではない多くの第3者が主体となる(あるいは主体が無く「場」に生じる)「評判」を報酬として、無償の創作活動が行われているという。

結論

  • 結果のみ評価するコミュニティでは、なるべく楽をして結果を出そうとする
  • 共有の伝統・文化においては、白紙から作る意味がない
  • 創作活動の報酬は金銭よりも「評判」

じつに「初音ミク現象」を説明するのに好都合な概念ではないか?

ここでは「初音ミク現象」は「ハッカー経済学」で分析できるのでは?というきっかけを提示した。これに賛同する人が現れて過去の「ハッカー経済学」に関する知見を「初音ミク現象」に転用してくれれば有意義だと思う。

See also: Hatsune Miku - Prosumer Era?

追記:

何だか見たことがある光景だと思ってしばらく考えてようやく思い出したのは、オープンソース勃興期にITの内側からそれを見ていた自分の視点だった。
初音ミク界隈に見る既視感のある光景

ははは。やっぱりね。ここに書いたことに気づくのは難しくない。OSS勃興期を知ってるIT業界人なら。

  1. One Response to “初音ミク現象とハッカー経済学 (lang:ja only)”

  2. By 初音ミクの使い方 on Nov 25, 2007 | Reply

    学問としてとらえると、そういう観点もあるんですね。
    勉強になりました。

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