Archive for October, 2007
Monday, October 29th, 2007
(This entry doesn't have English version)
世の中にはピンからキリまで多種多様な価格設定のお店があるのですから、すばらしいサービスを求めてるのならば、すばらしい値段のお店に行くとよろしい。安い値段のメニューが並ぶお店で、最高級レストラン並みのサービスを要求するのは、大人として完璧な態度とは言えない気がします。
---店員に偉ぶるな
偉い!
よく言った!
「サービス」について語りたがるのは結構だけど「身の程」を知って欲しいよね。
「まったく吉野家の店員ときたらサービスの質が低いったらありゃしない」とか言ってるヤツ!
低いのはサービスの質じゃなくて380円の牛丼を食ってるおまえの収入じゃね?
「サービスの質の高い牛丼」を食いたかったら叙々苑で900円で食えるから、そっちに行ってよね。→叙々苑の高級牛丼を食べてきたよ | エキサイトニュース
吉野家はギリギリの安価で牛丼を提供してるんだ。その値段に見合ったサービスかどうかを考えようぜ。
モノだけでも十分に安くて美味いのに、あの「スピード」という「価値あるサービス」がすでに付加されていることに気づくべきだ。「速い、安い、美味い」とはじつに的確。
「サービス」は「無料」じゃない
「サービス」ってのは「無料」って意味じゃないぜ。
なぜか間違って使われて普及してしまっている。非常に不幸だ。
おい、八百屋のおやじ!
「お姉ちゃんかわいいからこれサービスしとくね」って、おい、こら、「おまけ」の意味で「サービス」って言うんじゃないよ。
おい、飲食店の姉ちゃん!
「ドリンクもサービスでおつけしております」って、こら、「無料」の意味で「サービス」って言うなよ。
「サービスの価値」を知ること
(俺はあまり人の考え方にとやかく言いたくないほうなので、これは独り言であって押しつけではないと断った上で言うが)
「サービスという無形の価値に金を払う」ことを覚えるのは良いことだ。
どういう意味で「良い」かというと、「そんな自分が前より好きになれる」ことだ。
俺は「やせ我慢」しながら、それを覚えてきた。いわば「大人の品格」だと思った。
いまではパークハイアットで一杯のお茶に3千円を請求されても疑問はなく支払う。それだけの価値があると思うからだ。「思うから」というより「思うようになったから」だな。
東京生まれ東京育ちで金持ちのボンボンなら生まれたときから「サービスには価値があり、有料である」って知ってるだろうなあ。
でも俺は都会で生まれ育ったわけでもないし、裕福な家でもないから、贅沢もしてこなかった。そんな俺にとって「サービスには価値があり、有料である」ことを知るのは「学習」であり「やせ我慢」だった。
逆に言えば、そんな俺が心底「価値」を認めているのだから、「サービスの価値」は決して虚構なんかではなく、確かに存在している。と俺は思います。(そんなのは思いこみで無形の価値なんて無くて虚構に過ぎないというあなた。否定しません。あなたとは価値観が違いすぎて議論にもならない)
「無形の価値」に金を払う。それは大人の品格だ。
ひるがえって、サービスは無料ではないのだから、吉野家でサービスうんぬん言うのはナンセンスだ。それを知ってもらいたい。
サービスへのクレームのつけかた
無論、1万5千円のレストランで何か問題があったら大いにクレームを言ってよろしい。
ただし、そこでも他の客に気づかれないように給仕に指摘して対処させるのが大人の品格じゃないか?
良い意味で店にマークされる客になろう。名刺でも渡しておけば後日お礼状が届くこともある。(実際に、その店が閉店になってから「別の店に勤め始めた」という連絡をくれた人がいる)
給仕も自分と対等な人間であり、彼の面子を潰さないという配慮は当然なされるべきだろう。
給仕は奴隷ではないのだから。
We are Ladies and Gentlemen serving Ladies and Gentlemen.
---The Ritz-Carlton: About Us: Gold Standards
素晴らしい思想だと思う。「給仕=奴隷」という思想から従業員(と同時に「客」)を解放しようと。
つまり "We're not slaves." を前向きに言ってるわけだ。
てなことを江澤メデューサは教えてくれた。
座学ではなく、一緒に食事をしたときなどに、自然に学ばせてくれる人。たたき上げで、努力人で、本物だ。いちサービスマン(ホテリエ)として「目の前のお客様」を満足させることもできるし、マネジメントとして「当ホテルにいらっしゃるお客様(全体)」を満足させることもできる、本当にすごい人。
お断り
あえて侮蔑的な表現を使った事への釈明をさせていただく。
「まったく吉野家の店員ときたらサービスの質が低いったらありゃしない」とか言ってるヤツ!
低いのはサービスの質じゃなくて380円の牛丼を食ってるおまえの収入じゃね?
俺は吉野家のファンだ。吉野家の客が低収入とか、低収入は悪いとか、そんなことを言うつもりはない。低収入も吉野家を見下してない。
正直、コストパフォーマンスの観点でいって、あんなに美味いものはそうそう無い。コンビニでは、ずっと不味い牛丼が450円で売られている。みんな知ってるように。そして「速さというサービス」の価値。「速い、安い、美味い」
あくまで「吉野家のサービスの質に文句を言う身の程知らずな客」を罵倒したいだけの表現だと断っておく。もし不快に思った人がいたらお詫びしたい。そんなわけでExcuse me.
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Saturday, October 27th, 2007
[Japanese version below / 日本語版は下に]
There are many "sense of justice with one-step logic" in Japanese laws. For instance:
"It's a pity that tenants are forced to get out. So that the law should prohibit pushing out."
"It's a pity that employees are fired. So that the law should put restrictions on dismissal."
You ...
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Thursday, October 25th, 2007
かつて買った食材を使い切る前に腐らせて捨てていた。
いまは食材を料理で使い切っている。
かつて冷蔵庫には食材があふれていた。
いまは冷蔵庫に料理があふれている。
料理にもTOC(制約理論)による生産管理(manufacturing control)が必要だな。
かつてボトルネックは「料理」だった。
いまはボトルネックが「摂食」になっている。
かつて在庫は「食材」の形だった。
いまは在庫が「料理」の形になっている。
食べるペースよりも、作るペースが速くなったからだ。
もっとたくさん食べないと!!
じゃなかった。
解としては間違っていないが。
調達を減らすという解の方が妥当だ。
近所の人に配るという解もある。
ちなみに鶏ごぼう、ぶり大根、肉じゃがを冷蔵保存中。
保存用のストッカー(タッパー)が足りなくなってきた。
過剰生産による在庫コスト増加中w
在庫調整による景気の波が懸念される。
鶏肉を買いすぎたら、しばらく肉を買わなくなる現象。
これを経済学用語で「チキンの波(Chicken Cycle)」という。
あるいは「キッチン在庫の波(Kitchen Inventory Cycle)」ともいう。
綴りが似ているので、どちらでもよいというのが定説だ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Business_cycle
http://ja.wikipedia.org/wiki/景気循環
Wikipediaによると「3〜5年間隔」だそうだ。
ってどんだけー
牛肉なら吉野家も牛丼停止せずに済みそうだ。
鶏インフル怖くないな。そんな肉在庫。
てか、この調子で経済学・経営学の入門書が一冊書けるんじゃね?
さおだけより良い本が書ける気がする。俺には無理ですが。
誰か書いたらどうでしょう?
専業主婦が経営に目覚めて起業家続出とかなったら面白いぜよw
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それにしても土日に一週間分の弁当の総菜を作っておくと楽だなー。
ふつうに毎日自炊弁当が実践できてる。
カンバン方式(JIT)、デルモデル(BTO)がすべての面で在庫を持つ方式より優れているとは限らない、というのも台所が教えてくれるわけだ。
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とりあえず「ドラム・バッファ・ロール」という料理を考えるところから始めてみようか。
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主婦が夫に携帯でメールする。
パパ、帰りがけにスーパーでネギとゴボウ買ってきてね♪
これがIT化によるSCM(サプライ・チェーン・マネジメント)でなくて何だというのだろう。
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Wednesday, October 24th, 2007
[Japanese version below / 日本語版は下に]
Price and value are different.
Price is how much you pay.
Value is how much you gain.
This means, free(zero price) is not valueless(zero value).
Esp. when you talk about OSS, you need to be careful with the difference.
「価格」と「価値」の違い
[English version above / 英語版は上に]
しかし、オープンソースソフトウェアの最近の隆盛を見ていると、このような高額な料金が果たして適正なのかという素朴な疑問も浮かび上がる。ビジネスモデルが異なるとはいえ、同じような機能や信頼性を備えたソフトウェアがオープンソースでは無償で使える場合がある。商用ソフトウェアには高額なライセンスに見合うだけの価値があるとするならば、無償のLinuxの価値とは? ソフトウェアの価値をどう考えるかは難しい。
---ソフトウェアほど価格に幅のある存在はない − @IT
「価格」と「価値」の違いを理解してる?
OSSを貨幣経済の文脈にのせて語る時点で間違っております。
あるいは、「Linuxの価値」を求めることはできる。「Linuxがふつうの(非OSS、非贈与経済)形で売られているとしたら、おおよその値段」という意味で。
(※注意:企業価値評価と同じような手法を使えばいい。また、企業価値評価と同じように、「正しい価格」といったものは無い。「正解はない問題」というのを認めようとしない頭の変な人もいるけどw)
その方法は何通りも考えられる。例えば、同等の商品(Microsoft Windows ServerやSolarisなど)との比較。
(※ただし、すでにLinuxの登場により、Linuxとの競争という要因によって価格は影響を受けている。だから、Linux普及前の「同等の商品の価格」と比較すべきだ)
または、想定工数に人件費をかけて求める。
※この方法の違いは、需要(demand)サイドと、供給(supply)サイドという違い。市場価格がどちらで決まると考えるかの違いでもある。まさか「価格は需要と供給のマッチするところで決まる」だなんてくだらない考えは持ってませんよね? それは「適正価格はそうあるべき(かも)」という話であって、価格をいくらにするかなんて販売元の自由じゃない?
そういう概算の仕方はあるけどね。
それをしないと「Linuxは無料で入手できるから価値がゼロ」みたいな話になる。
というか、引用した記事の記者さんは、そういう議論をしている。
ナンセンスすぎる。
「価格」と「価値」の違いを理解しよう。
追記:11/2
叡智の値段
値段(price) != 価値(value)
一つ勘違いして欲しくないのは、私は「叡智に価値がない」と言っているわけではないということです。叡智は0円ですが、価値はpricelessというのが私の意見です。
パクられた!(嘘
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Tuesday, October 23rd, 2007
[Japanese version below / 日本語版は下に]
YAMAHA Melodica Blog Widget
(notice: clicking this melodica makes sound. watch your speaker volume)
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It's beautiful.
Most Japanese people have played melodia at school.
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